潮目が変わった日本のM&A 国内企業のM&A市場(上)

「国内企業同士の水平統合のM&Aは一段落つきましたね」と語るのは、「日本のM&A:企業統治・組織効率・企業価値へのインパクト」(東洋経済新報社)の編著者で、日本のM&A動向に詳しい早稲田大学の宮島英昭教授だ。連載第1回は、日本企業同士のM&A(IN-IN)の動向についてお話を伺った。

早稲田大学商学学術院教授 早稲田大学高等研究所 所長 宮島英昭氏

「IN-IN」のM&A市場は一段落ついたのか

――最近のM&Aの動きをどう見ていらっしゃいますか?

 日本企業同士のM&Aを「IN-IN」と呼び、海外企業が国内企業を買収する場合は「OUT-IN」、国内企業が海外企業を買収する場合は「IN-OUT」と整理しています。

 このうち「IN-IN」について振り返ると、2015年~2016年であまり目立った動きはないですね。2015年は「IN-IN」のM&A市場は金額にして3.5兆円ほどでした。2004〜2007年あたりのピーク時には年6兆~8兆円でしたから、それに比べると「IN-IN」のM&A市場はずいぶん小さくなっていると思います。

――約7兆円市場が3.5兆円に?金額でいうと半減ということになりますね

 そうですね。ただもう少し長期的に、例えば1999年以前、日本ではまだM&Aの案件そのものが少なかった時代に比べれば、この約20年では堅調に伸びてきているという見方もできます。

日本のM&A件数推移(1985年-2017年5月)

出典:MARR「1985年以降のマーケット別M&A件数の推移」(https://www.marr.jp/mainfo/graph/)タテ軸は件数

  最近の大型のM&Aというと、2011年の新日本製鐵、住友金属工業が合併してできた新日鐵住金<5401>の約7489億円が最大のケースでしょうか。経営再建中の東芝<6502>関連だと、キヤノン<7751>による東芝メディカルシステムズの買収で6655億円が目立ちますが、それに次ぐのはJXホールディングスと東燃ゼネラル石油の統合の約3500億円があるくらい。「IN-IN」のM&A市場では、大型の合併・買収と呼べる案件は少なくなってきました。

――大型の国内M&Aが少なくなったというのは、どういうことを意味するのでしょう?

 基本的に「国内企業同士の大型の水平的な統合は一段落ついた」ということでしょうね。これ以上のM&Aとなると独禁法の問題も関係してくるケースもあり、そう簡単にM&Aはできません。ただし、製造業やサービス業の水平的な統合は一段落ついたとはいえますが、まだ部分的には企業が過剰な、つまりM&Aの余地があるという業界もあります。

――「水平統合が一段落ついた」とは、どういうことでしょうか

 水平統合というのは、同業の企業が合併するというケースです。たとえばある業界の大手が当初6社存在すると仮定して、水平統合の結果、大手が3社に最終的に集約されたならば、それ以上はなかなか統合の余地がないということになります。

 かつての鉄鋼業界は、高炉6社といわれていましたが、統合が進んでJFEホールディングス、新日鉄住金、そして神戸製鋼の3社になりました。国内だけを見れば、企業統合は集中度の大幅な上昇を生み出してきたわけです。

 その結果、これも本来は部門・業界ごとに見ていくべきですが、たとえば2000年代の初頭に比べれば、統合もかなり進んできています。ただ、世界的に見ると日本のリーディングカンパニーの規模はまだ小さい。国内企業間でさらに統合を進めようとすると、独占禁止法の問題も出てきます。

 すなわち競争原理の働かないような独占企業は国からも社会からも支持されず、統合したくても簡単にはできないということになります。普通に考えると、最低でも2社あったほうが競争原理が働いて良いだろうと考えますから、国際競争を考慮して運用を検討し、その結果として1~2社、あるいは国内は事実上1社独占でも良いという話にならないと、制度的にこれ以上の水平統合はむずかしいということです。

――まだ統合(再編)の余地のある業界はありますか?

 典型的でかつ注目されているのが、地方銀行ですね。地銀はまだまだ企業の数が多く、いわゆる過剰企業の状態にありますから、社会基盤の効率性から考えても、もう少し統合を進めるべきだといえます。いよいよ地域をまたいだ統合にも足を踏み出さないとならない時期に来ており、実際にそうした動きも出てきていますね。

 それから国内の総合電機メーカーが事業再編としてある事業の一部を売却したり、または買収したりという動きがあります。売却した事業が買収した企業と同業種であれば、それも水平統合の1形態です。大手企業の事業再編のための売却ですから、(事業売却とはいえ)金額的にも大きく、目立った動きになりますね。

――以前、お話をうかがったとき、「日本では敵対的買収は少ない」といったお話がありました。それはいまも変わらない状況ですか?

 そうですね。とくに「IN-IN」に関しては、敵対的買収はほとんどないという状態は変わりません。ただし買収でも用いられるTOB株式公開買付け)の手法自体は活用されるようになってきており、とくに上場企業が子会社を完全子会社化するときやグループの再編のときには、必ずといっていいほど活用されるようになっています。

(参考)前回の記事はこちら https://maonline.jp/articles/miyajima0055

――それは、どのような変化と捉えることができるのでしょう?

 たとえば、TOBを実行した際の買収プレミアム(買収価額と市場価値すなわち時価総額の差額)の推計によると、かつての国内企業の「IN-IN」のM&Aでは、買収プレミアムがとても小さかったのです。それが最近はそれなりに高くなってきました。つまり「IN-IN」のM&Aに関しては、TOBの手法の普及とともにターゲット(被買収企業)の株主の利得が増大してきた、ということです。もちろん、この買収プレミアムの源泉は買収により発生するシナジーですから、M&Aが価値創造の面を強めたともいえます。

 アベノミクスが始まる以前は買収プレミアムは上昇傾向を示し、逆にアベノミクスが始まると買収プレミアムは低下したといわれています。ただ、これはアベノミクス後、株価が上昇したことに起因する面があります。いま、その買収プレミアムの水準を見ると、M&A市場も買収の価値を適切に評価するようになってきた、ということはいえそうですね。

――その状況のなかで、「IN-IN」のM&Aにおいて特徴的な変化というと、どのようなことが挙げられますか?

 敵対的買収は一貫して少なく、一時期に注目を集めたMBO(経営陣による買収)も低調です。また、広く経営効率の変更を通じて企業価値の引き上げを図るアクティビズムの動きを見ると、2000年代半ばに増加した対抗型アクティビズムは後退し、その対極にある対話型アクティビズムが主流になりつつあります。しかもこの対話型が定着しつつあるということが大きな変化です。

――敵対的買収は、なぜ日本でうまくいかないのでしょうか

 日本の敵対的買収がうまくいかない要因の1つは、敵対的の場合に買収対象の企業の従業員の同意が得られないからです。日本ではほとんど従業員と経営者が一体化していて、経営者が反対して従業員が賛成するというケースはまれです。このように経営者と従業員が反対している案件で無理に買収しても、従業員の志気の低下や有能な人材の散逸などの問題が発生します。そうなると、実際問題として企業価値を生むようなシナリオがなかなか描けないのです。

 その構造はおそらく経営に関与するアクティビストファンドに関しても同様でしょう。経営者にファンドの側が要求を突きつけていくような対抗型のアクティビズムは後退して、そうではなく、対話を重視したアクティビズムが出ているということですね。

 ただ、対抗型も対話型も要求していること、実現しようとしていることは、実はそれほど変わらない面もあります。配当を上げるとか、自社株買いをして財務政策の再検討を促すとか、自己資本が多すぎるから資本構成を変えるべきとか、事業再編の一環としてこの事業を整理したほうがいいとか、M&Aをもっと積極果敢にやったほうがいいとか、経営者もそろそろ次の人に変わったほうがいい、とか。

 それを経営者との対話を欠いたまま性急に進めると非常に強い拒否反応があり、介入を受ける側の企業の反発が大きい。そこで、相手企業の成長戦略・成長路線を共有しながら、投資側と投資先企業が「お互いに企業価値を高めていく戦略を一緒に考えましょう」といった対話型のアクティビズムになってきた。それが、近年はたぶん少しづつ実質的な効果を持ち始めてきたのではないでしょうか。

――買収する側、機関投資家の意識も変わってきた?

「スチュワードシップコード」というものをご存じでしょうか。「企業の株式を保有する機関投資家向けに定められた行動規範」といった概念で、法律ではなく「資産運用受託者としての責任ある行動」の規範・ガイドラインと捉えることもできます。

 対話型アクティビストは、このスチュワードシップコードという規範に沿って、フォーカスファンドとか集中型ファンドといった呼び方で一定のスケールを活かしつつ、企業に対して提案していくスタイルがありますね。その行動はかつての対抗的アクティビストのような、いわば劇場型の行動ではなく、むしろ水面下で実質的な成果を取りにいくような形をとっています。企業と対話し、財務戦略なり事業戦略に影響を与えていくケースが多くなりつつあるように思います。

――水面下となると、見えづらく分析もしづらいですね

 そうですね。「ビハインド・ザ・カーテン(Behind the curtain)」とか「ビハインド・ザ・シーン(behind the scenes)」などといわれますが、舞台裏で見えないことを特徴としているから、かつての劇場型に比べると外からではわからない。ですから、もう少し丁寧に分析してみないと、何ともいえないのですが。(※次回に続く

取材・文:M&A Online編集部

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