今、エネルギー業界で何が起きているのか? 大型再編が示す将来像とは? エネルギー産業史研究の第一人者である 東京理科大学大学院橘川武郎教授に緊急インタビューを行った
―昭和シェル石油と出光興産の経営統合はいかがでしょうか
まず意外な方から言うと、両社とも石油会社ですが、出光興産は大分県の滝上(たきがみ)で九州電力と地熱発電所をやっているし、新しく北海道でも実施しようとしているなど、地熱発電に熱心な会社です。それから青森県の六ヶ所村に蓄電池付きの最新鋭の大規模風力発電所を持っています。
以前に石原元都知事が熱心だったので、東京都では大きなビルに二酸化炭素の排出量の規制が掛かっているんですが、例えば、新丸ビルの電気は出光の風力発電所の電気を使っています。それと王子製紙の北海道の水力発電を使い、丸の内一帯のビルの電気を賄っています。つまり出光は、地熱と風力に強い会社なんです。
―丸の内の高層ビル群は、出光の風力と王子製紙の水力というグリーン電力で賄われていたんですね
そうです。一方の昭和シェル石油は、子会社に有名なソーラーフロンティアという会社を持っていまして、これは太陽光パネルの国内最大手なんですね。それから日本で一番大きなバイオ発電所は、昭和シェルの100%子会社が川崎で稼働しているわけです。
つまり昭和シェルは太陽光とバイオに強いわけです。そうすると、「太陽光・バイオ・風力・地熱」と再生可能エネルギーそろい踏みになるわけです。
―環境保全の意識が高い企業や個人に需要がありそうですね
固定価格買い取り制度(FIT)を使うと、電気を売る時に「完全再生可能エネルギーです」とは言いにくいわけですが、FITなしで販売すればそれを正面から言うことができて、たとえ少々価格が上がっても電気が売れる。二酸化炭素も排出しないし、使用済み核燃料も出ない。そういう状況を生み出すのに一番近い位置にたどり着くのが、出光と昭和シェルの合併によって生まれる会社だと思います。これもM&Aが一種の「奇跡」を起こしていると言えます。
図1 我が国の発電電力量の構成(2013年度)
(出所)電気事業連合会「電源別発電電力量構成比」http://www.enecho.meti.go.jp/committee/council/basic_policy_subcommittee/mitoshi/004/pdf/004_06.pdf
―他にも昭和シェル石油と出光興産の経営統合にメリットはありますか?
出光は外国資本の入っていない企業です。昭和シェルはロイヤル・ダッチ・シェルの傘下にありますが、昭和シェルの二番目の株主は世界最大の石油会社であるサウジアラムコです。このうちのロイヤル・ダッチ・シェルの株式が出光に移転するわけですが、出光はサウジアラムコとこれまで疎遠であったため、80年代のサウジアラムコの原油だけが安かった時代に、それが買えなくてつぶれかかった歴史があります。その出光とサウジアラムコがなんと、今度の経営統合でつながるんです。
―サウジアラムコは、産油国サウジアラビアの国営石油会社ですね
そうです。サウジアラムコとつながるということは、原油価格のインサイダー情報に近いものが手に入るようになるということです。例えばいつ減産を始めるとか、始めないとか、そういう情報も入手できるようになり、アジアのトレーディングで有利になります。
もともと昭和シェルは、ロイヤル・ダッチ・シェルとの契約で日本でしか営業してはいけないのに、妙にアジアのトレーディングだけ強かったのですが(笑)、それはサウジアラムコとの関係があったからだと推測できます。それが国内に強い出光の力と合体してアジア全域で展開できるようになります。今出光は、優秀なトレーディング部隊をシンガポールに送り込んでいます。
それに出光は、ベトナムに製油所をつくっていますので、昭和シェル・出光グループは日本の石油会社からアジアの石油会社に変身していくでしょう。産油国のサウジアラムコとつながり、トレーディングにも力を入れていく。そういう大きな変換のステップとしてM&Aが使われるわけです。
―同じ石油元売り会社の経営統合ですが、目指す方向性が全く異なることに驚きました
普通言われている、生き残りを目指した後ろ向きのM&Aではないと思うんです。大手メディアはそういっていますが。
前編でお話しした国内に目を向けるJX・東燃ゼネラルと、アジアを目指す昭和シェル・出光とですみ分けができるようになる。
今回の石油業界の経営統合は、製鉄業界のM&Aに似ているね、といわれているんですが、ちょっと違います。昔6社あった鉄鋼大手は、今は新日鉄住金とJFEホールディングスですよね。これはわりと似た者同士の会社が二つできて切磋琢磨して世界で頑張っています。
―今後の日本の石油業界はどうなりますか?
「内向きのJX・東燃」と「外向きの昭和シェル・出光」という二手に分かれるんじゃないかなと思います。いずれにしてもM&Aが非常に大きな契機になっている。それが石油業界の今後ですね。 若干電力自由化に関わるのですが、それとは別の動機でM&Aが進むと見ています。
―ありがとうございました。(次号:電力業界編・前編に続く)
取材・編集:M&A Online編集部
【橘川武郎教授緊急インタビューを読む】
第1回 前編 石油業界の2つの統合は、「内向き型」と「外向き型」
第2回 後編 電力業界の業界再編が起きる可能性あり。「原発再稼動」が変数となる
第3回 前編 電力自由化のキーマンは意外にも「ガス業界」
第4回 後編 電力ガス自由化とエネルギー業界のこれから
国際大学副学長/国際大学国際経営学研究科教授
1951年生まれ。75年東京大学経済学部卒業。83年東京大学大学院経済学研究科博士課程単位取得退学。同年青山学院大学経営学部専任講師、87年同大学助教授。その間ハーバード大学ビジネススクール 客員研究員などを務める。93年東京大学社会科学研究所助教授。96年同大学教授。2007年一橋大学大学院商学研究科教授。15年東京理科大学大学院イノベーション研究科教授。東京大学名誉教授、一橋大学名誉教授。
著書は『日本電力業発展のダイナミズム』(名古屋大学出版会)、『原子力発電をどうするか』(名古屋大学出版会)、『東京電力 失敗の本質』(東洋経済新報社)、『電力改革』(講談社新書)、『出光佐三―黄金の奴隷たるなかれ』(ミネルヴァ書房)、『出光興産の自己革新』 (一橋大学日本企業研究センター研究叢書)、『資源小国のエネルギー産業』(芙蓉書房出版)、『石油産業の真実―大再編時代、何が起こるのか―』 (石油通信社新書)、『ゼロからわかる日本経営史』(日本経済新聞出版)、『イノベーションの歴史』(有斐閣)など。電力会社10社中7社の社史を執筆ないし監修。
総合資源エネルギー調査会委員。経営史学会前会長。