「国内企業同士の水平統合のM&Aは一段落つきましたね」と語るのは、「日本のM&A:企業統治・組織効率・企業価値へのインパクト」(東洋経済新報社)の編著者で、日本のM&A動向に詳しい早稲田大学の宮島英昭教授だ。連載第3回は、国内企業が海外企業にM&Aを仕掛ける(IN-OUT)の動向について、お話を伺った。

超大型案件が出る「IN-OUT」市場

――「IN-OUT」市場、すなわち国内企業が海外企業にM&Aを仕掛ける動きは、どうでしょうか

 たぶん、これがいまは日本経済全体にとっても一番大きな意味があると思いますね。2008年のリーマンショックのあと「IN-IN」のM&Aは後退し、ピークにくらべると半分ぐらいの規模になりました。それに対して「IN-OUT」と呼ばれるM&Aは2010年ぐらいから増えてきた。そのとき、2010年から2012年までは円高の影響もあって「IN-OUT」のM&A案件が増えていたんですね。

 その後2013年ぐらいからアベノミクスにより国内で株価が上昇し、資金調達面で良好な環境が生まれました。他方で、国内市場はアベノミクスの下でも拡大してゆくという展望は乏しい。企業が成長するには(選択肢として)企業はM&Aをやるか、何もしないかということになります。国内で事業を拡大していくのは難しく、国内企業を買収してもなかなか成長路線が描けないというのが現実です。そこで海外のクロスボーダーM&Aが増えた、ということでしょう。

――その「IN-OUT」の象徴的なM&Aには、どのようなものがあるのでしょうか

 たとえば、ご存知の通り、2016年のソフトバンクグループ<9984>による英国の半導体設計大手アームホールディングスの買収が代表例といえるでしょう。買収額は、約3兆3000億円。「IN-IN」のM&Aの市場規模に匹敵する額ですね。そのほか、2014年のサントリーホールディングスの米国の蒸留酒最大手であるビームの買収とか、金融系では2015年の東京海上ホールディングス<8766>による米国HCCインシュアランス・ホールディングスの買収などもありました。2014~2015年の大型M&Aは、金融サービスも含めた国内企業が海外M&Aを積極的に進め、いまそのM&Aの成果が問われる局面を迎えつつあるということです。

――買収によるのれんの減損が話題となっています

 2015年の日本郵政<6178>によるオーストラリアの国際輸送物流会社トールホールディングスの買収は大きな減損だと問題になっていますね。M&Aは本質的には必ず成功するというものではなくて、とくに日本企業による海外企業のM&Aは成功よりも失敗の例を挙げるほうが簡単だといわれるぐらい失敗が多い。1980年代後半の三菱地所<8802>、ソニー<6758>などの買収のケースも減損を出しています。その点では最近初めてということではないけれども、M&Aの巧拙が分かれたという印象はありますね。

――うまくいかない背景には何があるとお考えですか?

 すべてが(うまくいかないという)結果が出たというわけではないでしょう。このところ失敗が目立っているのは、2010年以降に増加していたM&Aの結果がようやく出始めているというだと思います。単純に、「成功しました」「うまくいきませんでした」という話ではありません。

 ただ、近年のIN-OUT型のM&Aには、M&Aを実施した際の買収プレミアムが高すぎたとか、しっかりした統合のストラテジーがつくれてはいなかったという問題点はあります。そうなると、収益が上がらなくて、再度売却しなくてはいけないという事態に陥るということも考えられますね。

――「IN-OUT」のM&Aは課題が多いということでしょうか?

 そうですね。これまでの「IN-OUT」案件は、M&Aのノウハウを持ち、経験を積んできた企業が取り組むケースが多かったんです。ただ最近は、ストーリーとしては国内市場が限界に達し、他方で自分の会社には潤沢なキャッシュがある。だからそのキャッシュを使って海外に進出していこう、という戦略です。この場合、当然ながら危険を伴っているんですね。キャッシュはあっても、海外に出ていったときに海外を差配できるような人材が充分に育っていないのですから。

 それから、キャッシュリッチであることだけを理由に買収戦略に打って出ようとすると、どうしても買収後の戦略、すなわちPMI(M&A後の統合プロセス)での企業価値の上昇シナリオが、事前にしっかりと描けていないという問題があります。買収したあとに国内企業から派遣して管理するような人材も育っていない、明確な戦略もない、となると、買収した企業の旧経営陣に経営を任せよう、ということになる。買いっ放しとか丸投げといわれるような状況が、しばしば出現するということが懸念されます。

 それを避けるためにも、PMIをしっかり進める。国内の本社の海外子会社に対する企業統治を整備することが必要となります。日本の対外直接投資でよく指摘されるように、現地化を進めないで国内の人材を送りすぎると、今度は相手国の人材のやる気を削ぐ。それに加えて、過度に関与しすぎると海外子会社の経営者の自由度が低くなり、国情に合った事業展開が困難になる。これを進めていくには、独立性は与えてあげたほうがいいという面もある。その両方の要素のなかでどのあたりを最適点として選択するか、この点が海外M&Aを進めていく場合の要点になると思います。

早稲田大学商学学術院教授 早稲田大学高等研究所 所長 宮島英昭氏

――海外にM&Aを仕掛ける日本企業に必要なことは?

 本来は、海外子会社を管理するような人材を、長期的に日本企業が育成しなければなりません。海外M&Aを手がければ、どうしても組織上の課題とヒューマンリソースマネジメント的な課題に行き着きます。後者の面では、子会社をガバナンスするような人材を国内でどうやって育成するか、相手側の人材をどうやって登用するかが鍵となります。

 前者の組織の面では、先にも触れたように独立性とコントロールの最適点をどう見いだすかという問題となります。そのためには定期的に事業を評価し、監督するということが必要です。報酬を上げてやる気を出させるという方策を中心とする選択もありますが、最終的な結果だけで評価し、しかも過度に独立性を与えしまうと子会社経営者の暴走といった副作用の方が大きいのでは、と考えています。

――海外子会社を本社が評価するのは、判断がむずかしい面も出てきます

 そうですね。海外子会社では、たとえばROAとかROEなどの指標を高めるという数値上の目標をゴールにしますから、自社のROAやROEに直接的には貢献しないけれども、日本での生産とか日本の本社の技術革新にプラスになるような案件があったときにも、その案件が実現されない可能性が高い。そういう意味でシナジーが働かなくなるという危惧もあります。

 ですから、本社あるいは買い手の側の全体の成長システムに対してシナジーが働くような指標を定量化し、子会社経営者の評価の指標に入れることも大切です。最終的な成果だけで指標化すると、シナジーが働くシナリオが描けないということになると思いますね。

――どうもありがとうございました

取材・文:M&A Online編集部

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