2017年末、楽天<4755>・三木谷浩史会長兼社長は携帯電話事業への参入を高らかに宣言した。NTTドコモ<9437>、KDDI(au)<9433>、ソフトバンク<9984>に次ぐ第4の通信キャリアの登場だ。成功するか、本当に市場に浸透するかどうかは未知数だが、寡占といわれ続けてきた市場に大きな波紋を投げかけたことは事実だ。

 その動向に対し、ソフトバンク・孫正義会長兼社長は「新しい挑戦をする意欲が生まれ続けることが大事だ」と歓迎する意向を示したという(2017年12月26日、朝日新聞デジタルほか)。

業界の覇者もスタートはチャレンジャー

 ソフトバンクの創業は1981年。日本ソフトバンクとして、パソコン用パッケージソフトの流通事業を開始したことに始まる。1990年には社名をソフトバンクに変更した。以後、同社の沿革から、携帯電話事業に関わる主要な動きを振り返ってみよう。

 携帯電話を見込んだ通信・電話事業への参入は、2000年代初頭のこと。2002年には、IP電話サービス「BBフォン」の商用サービスを始め、2003年には「050番号」を利用した「BBフォン」サービスの提供を開始した。2004年には、J-PHONE(Vodafone)のブランドを擁する日本テレコムの株式を取得して子会社化、まず、固定通信事業に参入し、NTT東日本・NTT 西日本以外の電話会社による直収型固定電話サービスである「おとくライン」の商用サービスに乗り出した。

 そして2006年、英国ボーダフォン・グループとボーダフォンの買収について合意し、ボーダフォンの株式を公開買い付けなどで取得して子会社化する。10余年前のボーダフォンの買収により、ソフトバンクは移動通信事業への本格的参入を果たした。同年、ソフトバンクはAQUOSケータイのファーストモデルである「Vodafone 905SH」を発売し、割賦による端末販売を開始した。

 独自の販売手法・サービスが注目を集め始めたのも、この時期。2007年には、移動通信サービスの新料金プラン「ホワイトプラン」の提供を開始。2008年には、ソフトバンク携帯電話とIP電話「BBフォン」との国内通話が24時間無料になる通話割引サービス「ホワイトコール24」を開始した。さらに、固定電話と携帯電話の融合を意味するFMC(Fixed Mobile Convergence)サービス「ホワイトライン24」の提供を開始した。

 そして、ソフトバンクは2010年前後に飛躍を迎える。それは販売手法・サービスより、技術に大きなウエートを置いた時期だったといえるかもしれない。まず、2008年に「iPhone 3G」を、2010年には「iPad」を発売した。

 そして2011年には、累計契約数が3000万件(再生支援したウィルコム分を含む)を突破する。翌2012年には、業界最速といわれたデータ通信サービス「SoftBank 4G」の提供を開始した。

 さらに、2013年に株式交換が完了し子会社化したイー・アクセスの1.7GHzを活用した「ダブルLTE」の提供を開始し、国内移動通信事業者として初めてLTE国際ローミングをスタートさせた。そして2014年には、ワイモバイルが新ブランド「Y! mobile」での移動通信サービスを開始している。

 ソフトバンクをソフトバンクグループに、ソフトバンクモバイルをソフトバンクに社名変更し、組織の体制を刷新したのは、創業から35年ほどが経過した2015年のことだ。その歳月を考えれば、ケータイの長い歴史のなかの一幕のようにも思える。しかし、その間にソフトバンクは世界最大のコンピューター見本市「コムデックス」を運営する米国The Interface Groupの展示会部門へ資本参加(1995)、ヤフー(日本法人)の設立(1996)、イー・トレード(1998)の設立、福岡ソフトバンクホークスの子会社化(2005)などを実現している。

 2006年、ボーダフォンの子会社化による携帯電話事業への本格参入から数えれば10年あまりになる。その間にソフトバンクはアリババの合弁会社化(2008)、ガンホー・オンライン・エンターテイメントの子会社化(2013)、Bloom Energy Japanの設立による電力事業への進出(2013)、米国シリコンバレーの新拠点の設立(2013)、世界初の感情認識パーソナルロボット「Pepper」の発売(2015)などを実現する。冒頭の「新しい挑戦をする意欲が生まれ続けることが大事だ」という一言は、まさに孫正義氏が自分自身に向けて決意を新たにした言葉であったのかもしれない。

孫氏と三木谷氏、互いに学び合い、競り合う2人

 ソフトバンクは好むと好まざるとにかかわらず、孫正義氏の会社ということができる。と同様に、楽天もまた三木谷浩史氏の会社である。株式を上場し、これまでM&Aにより事業領域を拡大進化させてきたとしても、である。

 その孫正義氏と三木谷浩史氏の接点は数多くあった。最初の出会いは1993年、三木谷氏が当時の日本興業銀行で、企業の大型買収・提携などをアドバイスする本店企業金融開発部に勤めていた頃だといわれている(2012年2月17日版『日経ビジネス』デジタルより)。

 当時、孫正義氏はコムデックスなど大型の買収を仕掛けていた。その孫正義氏の金融面でのアドバイザーが三木谷浩史氏だったという。

 やがて、二人は同じIT業界ながら、通信事業とEC事業という趣の異なる畑を深耕してきた。そして、孫正義氏から三木谷浩史氏が影響を受けたのは、「タイムマシン経営」と「スピード経営」だとされる。タイムマシン経営とは、米国の成功ビジネスを独占的にいち早く導入し、先行者利益を得ることが大事だということ。また、スピード経営は、文字どおり矢継ぎ早に買収・提携を決断する孫正義氏の経営手法である。その経営手腕を惜しみなく発揮していく孫正義氏の姿は“経営のパラノイア”“経営の怪物”と呼ばれるまでになり、かつてのアドバイザー・三木谷氏は孫氏の背中を追う関係にさえ見えた。

 通信事業の孫正義氏、EC事業の三木谷浩史氏。同じITでも趣の異なる土俵で横綱を張ってきた二人の経営者。2018年は、両者が同じ通信キャリアという土俵で再び競り合うことになる。

文:M&A Online編集部