東芝の「1株5000円」は安いか 企業価値評価の難しさ

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東芝のTOB「1株5,000円」は割安か

2021年4月7日、日経新聞は、英国投資ファンドCVCキャピタル・パートナーズ主導の東芝<6502>に対する買収提案について報道しました。続報によると、提示価格は1株当たり5,000円とのことです。9日、東芝は、CVCからの提案の検討を開始することを公式に発表しました。

7日の報道を受けて株式市場には東芝株への買い注文が殺到し、報道当日の7日はストップ高4,530円に張り付き、翌8日には高値4,805円まで付けましたが、その後は売りに押されて本稿執筆時点の4月12日の終値は4,530円に戻りました。

プレミアムは、報道前日4月6日の株価終値3,830円に対して30.5%の水準です。

一般的なTOBの水準としては20%~30%くらいのケースが多いのですが、本件のように上場廃止を目指すTOBの場合のプレミアムはより高い水準となる傾向がありますので、やや物足りない水準といえるかもしれません。

では、この「1株当たり5,000円」という提示価格は、ファンドにとって割安な水準なのでしょうか?

東芝の企業価値評価の難しさとは

提示価格が割安かどうかを考えるにあたっては、まず、東芝の企業価値をどう考えるかが出発点となります。しかし、東芝の事業構造は非常に複雑で、評価には以下の難しさがあります。

①マーケットの注目が持分法適用会社のキオクシアの上場益に集まっていること

東芝は、2018年6月、債務超過を解消するため、収益の柱であった半導体メモリ事業の東芝メモリ(現在のキオクシア)を、ベインキャピタルを中心とする投資ファンドのコンソーシアムに売却した経緯があります。キオクシアは上場が予定されており、足元の半導体需給の逼迫がキオクシアにとって非常に有利な状況とみられていることから、マーケットはキオクシアの上場によって東芝が得る上場益に対して大きな注目を注いでいます。そのため、東芝の株価には、相当程度、キオクシアの上場益に対する期待が織り込まれています。

しかしながら、キオクシアの支配株主は外部の投資ファンドで、東芝は経営に関与しておらず、東芝自身得られる情報が限定的であるため、キオクシアの上場益の予測を一定の客観性をもって行うために十分な情報開示はなされない状況です。この結果、東芝の株価は、結局は上場して初値がつくまでは誰にも分からないキオクシア上場益を、仮定や憶測に基づいて期待先行で織り込んでいる状況にあると考えられます。

この点、東芝が中期経営計画でEBITDAをKPIとして採用し、その計画値を公表していることから、EV/EBITDA倍率を他社と比較し、その倍率差からキオクシア上場益への期待を推測してみたいと思います。

報道前日4月6日時点の東芝のEVはBloombergによると1,881,419百万円でした。東芝の中期経営計画進捗状況に関する説明資料によると、2021年3月期のEBITDA(キオクシアの持分法投資利益を含まない)の見込み額は195,000百万円とのことですので、EV/EBITDA倍率は9.6倍でした。

これに対し、東芝と一定の類似性があり、IR資料で2021年3月期のEBITDA見込み額を公表している日立<6501>、三菱重工<7011>のEV/EBITDA倍率を算出すると、以下の通り、5.9倍、8.1倍(三菱重工は凍結された赤字事業のスペースジェット(SpaceJet)事業関連損失除外後の「定常収益」ベース)となっています。

〇インフラ系電機メーカー(東芝・日立・三菱重工)のEV/EBITDA倍率

インフラ系電機メーカー(東芝・日立・三菱重工)のEV/EBITDA倍率
©筆者作成

東芝のEV/EBITDA倍率は3社で最も高く、この倍率差のかなりの部分がキオクシア上場益への期待であろうと思われます。(ただし、それ以外の要因として、財務改善期待や、ガバナンス改善期待なども株価に織り込まれていると考えられるため、倍率差の全てがキオクシア上場益への期待によるものであるとまでは言えるものではないと考えられます。)

②コングロマリット企業であり、類似会社との比較が難しいこと

東芝は現在、以下7つのセグメントから構成されているコングロマリット企業です。

〇東芝の事業セグメント

・エネルギーシステムソリューション 発電システム等
・インフラシステムソリューション 公共インフラ、鉄道システム等
・ビルソリューション エレベーター、照明機器、空調機器等
・リテール&プリンティングソリューション POSシステム等
・デバイス&ストレージソリューション 半導体、ハードディスク等
・デジタルソリューション デジタル技術サービス等
・その他

これらのビジネスは、損益ドライバーも事業リスクもそれぞれ異なるため、厳密に企業価値を分析しようとすると、セグメントごとに類似会社比較を行う等の負荷の多い分析が必要となります。

その結果、類似会社との比較でシンプルに割高・割安を判断することが難しくなっています。

上記①で行ったように、日立や三菱電機など、一定の類似性のあるコングロマリットとの比較を行うことも可能ではあるものの、それでもセグメントの構成の違いがあるため、通常の類似会社比較に比べれば大きく精度が落ちたものとならざるを得ません。

コングロマリットディスカウントとは

このような企業価値分析の難しさから、コングロマリット企業は割安な株価がつけられる傾向があり、このディスカウントは「コングロマリットディスカウント」と呼ばれています。

逆に言えば、コングロマリットを解体し、セグメント別にばら売りすることで、コングロマリットディスカウントが解消され、適正価格での売却ができるシナリオを想定することが可能です。

一般に、投資ファンドの投資期間は3~5年で、投資完了時には売却して利益を確定します。この時、IRRで15%程度の利益が出ればまずまず合格点とされることが多いようです。

これを本件に当てはめてみると、CVCとしては例えば投資期間3年、目標IRR15%とすると、(1+15%)^3=1.52倍の価格で3年後に売却できればファンドの出資者から合格点がもらえるということになります。

コングロマリットディスカウント解消益への期待価格か

4月8日に公表された記事における日経新聞による試算(https://www.nikkei.com/)によれば、コングロマリットディスカウントがない場合の東芝の時価総額は2.8兆円とのことですから、コングロマリットディスカウントを外すだけで買収総額2,269,227百万円に対して23.4%の利益が得られます。内部収益率(IRR)15%を達成するには、(1+23%)^(1/X)-1=15%、X=1.5となるので、1.5年で売り切ればよいということになります。

さすがにこのクラスの巨大コングロマリットを1.5年でばら売りしきるのは難しいとは思いますが、業績改善と並行して売却を進めていくことでIRR15%の達成は見えてくると考えられます。

一方で、コングロマリットディスカウントとのトレードオフで、コングロマリットであるが故のシナジー効果が得られている場合は、コングロマリットを解体すればシナジー効果も消えてしまいますので、一概にばら売りすれば儲かるというものではありません。

解体シナリオ想定の可能性も

しかし、ファンドの目から見て、シナジー効果が乏しくコングロマリットディスカウントのほうが大きいという判断になれば、解体シナリオが選択されることとなるでしょう。特に、シナジー効果が大きければ経営状況がこれほど悪化することもなかったのではないかと考えると、シナジー効果はあまり大きくない可能性が高いのではないかと思われます。

以上を勘案すれば、この価格はやはりファンドにとっては「割安」なのではないかと思います。

現状、CVCの買収提案でどのようなシナリオが想定されているかは開示されていませんが、仮に解体シナリオが本命であったとしても表立って堂々と表明してしまうと買収が失敗する可能性が高いので、開示用の解体しない建前シナリオを示しつつ、非開示の本音シナリオとして解体シナリオが想定されているという可能性は十分にあるものと思われます。

文:巽 震二(証券アナリスト/フリーランス・マーケットアナリスト)

※本記事に記載されている個別の銘柄・企業名については、あくまでも執筆者個人の意見として申し述べたものであり、その銘柄又は企業の株式等の売買を推奨するものではありません。

巽 震二 (たつみ・しんじ)

フリーランスマーケットアナリスト。
証券アナリストとして大手証券会社調査部勤務後、専業個人投資家に転身。
アベノミクスの波に乗って2015年、目標資産残高を達成し、トレーディングもめでたく卒業。 現在はフリーランスマーケットアナリストとして活動中。本連載はペンネームで寄稿している。


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