M&Aの過程では、基本合意のあとデューデリジェンスを実施することによって、思いのほか純資産が目減りすることがあります。その要因には様々なものがありますが、将来の退職金や年金について会計上の手当ができていないケースもその一つといえます。

退職金や年金は、金額も多額になりがちですので、M&Aの買収価格に大きな影響を及ぼす可能性があります。そこで今回は退職金と年金が財務的にどのような影響を与えるのかを紹介したいと思います。

役員と従業員では退職金の処理要件が異なる

M&Aの対象企業が上場企業や会計監査人の監査を受けている会社法上の大会社などであれば、退職金についての会計処理を適切に行っていると思われます。これに対して、中小企業を買収するケースでは会計上の手当ができていない可能性があります。

退職金の会計および税務処理は役員と従業員で違いがあります。まずは役員の退職金に関する処理について確認してみましょう。役員退職慰労金は報酬の後払いと考えられます。そのため、将来支給される可能性が高く、その金額を合理的に見積ることができる場合には、会計上の発生主義にもとづいて、職務を執行した期間において費用を計上するとともに、負債の部には引当金が計上されることとなります。

具体的には、(1)役員退職慰労金の支給に関する内規にもとづき、在任期間や担当職務を勘案して、支給見込額が合理的に算出されること、(2)当該内規にもとづく支給実績があり、その状況が将来にわたって存続すること(設立間もない会社では将来の支給が合理的に予測されること)という要件を満たす場合において「役員退職慰労引当金」を計上する必要があります。

役員退職金は法人税上の損金になる?

役員退職金は法人税法上、原則として株主総会の決議などにより金額が具体的に確定した事業年度に損金算入されます(法人税法基本通達9-2-28)。そのため上述のような役員退職慰労引当金の繰入額(費用)は法人税法上の損金に算入されません。

つまり会計上は費用になるものの、税務上は損金にならないため、会計と税務との間の差異となります。そのため税効果会計の対象となり、繰延税金資産の計上が必要となりますが、これは本稿のテーマから逸れるので詳細は割愛しましょう。

また株主総会の決議などにより金額が具体的に確定した事業年度においても、無制限に損金に算入できる訳ではありません。役員退職金のうち、「不相当に高額な部分の金額」は損金に算入できないことになっています(法人税法34条2項)。「不相当に高額な部分の金額」は、役員が業務に従事した期間、退職の事情、同業の規模が類似する法人における役員退職金の支給の状況などを勘案して判断されます。

ただし実務上は「最終の役員報酬月額×在任年数×功績倍率」という式で算定した役員退職金を支給し、損金に算入することが多いといえます。例えば最終の役員報酬月額が150万円、在任年数が30年、功績倍率が3.0倍であれば1億3500万円(=150万円×30年×3.0倍)と計算されます。なお功績倍率は平取締役1.0倍~代表取締役3.0倍程度という実務上の目安もあります。