日立が1兆円で買収する米グローバルロジックは高い買い物か

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グローバルロジック買収は高い買い物か

EBITDAは37.4倍という高水準に

2021年3月31日、日立製作所<6501>(以下「日立」)は、米国のデジタルエンジニアリングサービス事業を展開するGlobal Logic社(以下「対象会社」)を買収すると発表しました。

プレスリリース「日立がデジタルエンジニアリングサービスのリーディングカンパニー米国GlobalLogic社を買収

リリースによると、対象会社は2021年度に売上収益約12億米ドル(約1296億円)を見込んでおり、買収価格は株式価値約85億米ドル(約9180億円)、事業価値約95億米ドル(約1兆260億円)で、2021年予想調整後EBITDAの約37.4倍、2022年予想調整後EBITDAの約29.4倍に相当するとのことです。

EBITDAは「税前利払前償却前利益」のことで、事業のキャッシュフロー創出能力を簡易に測定する指標として広く利用されています。つまり、事業全体のキャッシュフローの直近期(公表日においては進行期)見込み値の37.4年分という価格水準となります。

M&Aにおいては、EV/EBITDA倍率に基づいて価格交渉が行われることが一般的ですが、通常、成長期待の低い成熟した事業であれば低い倍率で合意され、成長期待の高い事業であれば高い倍率で合意されることとなります。

しかし、それでも一般的には進行期予想基準で8倍から12倍程度のレンジが多く、20倍を超えるケースはまれです。37.4倍という水準は極めて高い水準と考えられます。

リリースでは、類似会社比較法及びDCF法による算定結果のレンジに入っており、適正価格である旨記載されていますが、株式市場では、高すぎる買い物であると評価された模様で、2020年11月から持続していた上昇トレンドに乗って発表前日の3月30日終値は5,398円であった株価が、公表された31日には前日比7.2%安となる5,004円まで売りこまれ、本稿執筆時点の4月6日終値では4,939円と続落している状況です。

では、この価格水準は本当に高い買い物なのでしょうか?

まず、リリースによると類似会社比較法が評価方法の一つに採用されているので、類似会社のEV/EBITDA倍率の状況を見てみたいと思います。

類似会社との比較では「高い」

Bloombergによると、米国の技術サービスセクターの上場会社は188社あり、2021年3月31日現在、アナリスト予想に基づく進行期予想EV/EBITDA倍率が集計されているのは77社でした。

平均値は20.7倍、中央値は15.4倍でしたので、類似会社の平均値から見ても中央値から見てもかなり高い水準であると考えられます。77社中、37.4倍を超えるEV/EBITDA倍率であったのは7社にとどまりました。類似会社の評価倍率から見ても、相当高い水準であると考えられます。

一方で、EV/EBITDA倍率は将来の成長期待を反映するものなので、EBITDAの成長速度が十分に早ければ、成長する前の低いEBITDAに対する倍率としては高い水準であっても、適正水準、割安水準となる可能性はあります。

成長性と収益性を考慮すれば「割安」

リリースによると、日立がこの水準での買収を決断した理由として、対象会社の単独の成長性である売上高CAGR(複利の年平均成長率)が19.3%と非常に高く、調整後EBITDA利益率が23.7%と非常に高いこと、対象会社に日立の注力分野であるLumada事業の海外展開のためのドライバーとして大きなシナジー効果が期待できることが挙げられています。

M&Aにおいては、シナジー効果は買い手による買収後の企業努力の成果であることから、買収対価にシナジー効果を含めないことが原則ですので、上記理由のうち、対象会社の成長性と収益性だけで価格を正当化できるならば、決して高い買い物ではなかったといえるでしょう。

リリースによると、対象会社は、単独で2028年にEBITDA 10億米ドルの達成を目指すとあります。この水準を基準とすれば、買収EV95億米ドルのEV/EBITDA倍率は9.5倍となり、類似会社との比較においても「割安」といえる水準といえるでしょう。

問題は、「2028年にEBITDA10億米ドル」という目標の達成可能性になります。

2028年に「EBITDA 10億米ドル」達成は実現可能か?

まず、これを達成するのに必要な売上高成長率を試算してみます。

2028年3月期の目標EBITDA 10億米ドルに対し、2021年3月期の見込みEBITDAは、買収EV9,500百万米ドルと買収EV/EBITDA倍率37.4倍から逆算しして254百万米ドルとなりますので、2028年までの7年間のEBITDAのCAGRは21.6%(=(1,000/254)^(1/7)-1)となります。

この時、2021年3月期予想売上高は1,200百万米ドルとありますので、EBITDA利益率は21.2%となり、このEBITDA利益率を7年間維持できるならば、EBITDAの成長率と売上高の成長率は等しくなるので、2028年までの7年間の売上高のCAGRも21.6%となります。

つまり、毎年21.2%のEBITDA利益率を維持した状態で、毎年21.6%複利で7年間売上高を成長させることができれば、結果的には「安い買い物」にできるということになります。しかし、毎年21.2%のEBITDA利益率を維持した状態で毎年21.6%の複利で売上高を7年間成長させ続けるというのは、かなりハードルが高いように思われます。

テスラ・GAFA 4社の場合

例えば急成長企業の代表格として、テスラ(TSLA)を見てみますと、下表のとおり、7年間の売上高CAGRは48.1%となりますが、EBIDA利益率は7年間(2013-20年)の平均で4.7%、最大値の2020年でも15.5%です。

〇テスラ・GAFAの成長率、利益率

同様に、GAFA4社(Google;会社名Alphabet、Apple、Facebook、Amazon)を見てみますと、売上高CAGR 21.6%以上を達成しているのはFacebookとAmazonの2社のみ、平均EBITDA利益率21.2%以上を維持しているのはAlphabet、Apple、Facebookの3社のみですので、両者をともに達成できているのはGAFAの中ですらFacebookの1社のみ、ということになります。

子供の時からクイズ番組「世界ふしぎ発見!」を見て育った筆者としては、日立にはぜひFacebookと肩を並べる成長を達成していただきたいと切に願ってやみませんが、やはりこれが「安い」といえるだけの成長率を達成するのは、客観的には非常にハードルが高いと言わざるを得ないでしょう。

文:巽 震二(証券アナリスト/フリーランス・マーケットアナリスト)

※本記事に記載されている個別の銘柄・企業名については、あくまでも執筆者個人の意見として申し述べたものであり、その銘柄又は企業の株式等の売買を推奨するものではありません。

巽 震二 (たつみ・しんじ)

フリーランスマーケットアナリスト。
証券アナリストとして大手証券会社調査部勤務後、専業個人投資家に転身。
アベノミクスの波に乗って2015年、目標資産残高を達成し、トレーディングもめでたく卒業。 現在はフリーランスマーケットアナリストとして活動中。本連載はペンネームで寄稿している。


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Kyoto Roboticsは、作業ロボットの目となる「3次元ビジョンシステム」や頭脳となる「AI制御システム」の技術開発を手掛ける立命館大学発のベンチャー企業。同大情報理工学部の徐剛教授が、2000年に「三次元メディア」として設立した。

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