2020年8月3日、セブン&アイ・ホールディングス<3382>(以下「セブン&アイ」)は、米国子会社を通じて、米国石油精製大手マラソン・ペトロリアム(Marathon Petroleum Corporation;MPC)(以下「MPC」) 傘下のガソリンスタンド併設コンビニエンスストアチェーン Speedway事業(以下「スピードウェイ」)を買収すると公表しました。

スピードウェイ買収の挫折

MPCは、2019年10月31日にSpeedway事業を分社化し、上場させる方針を公表しました。
プレスリリース(英文)はこちら

いわゆる選択と集中戦略に基づく方針で、自動車の燃費向上、EV普及、CO2排出規制等でガソリン需要の低下が予想されて逆境にある本業の石油精製事業をテコ入れすることを目的としていると説明しています。

報道等によると、上場から相対での売却に方針が変化し、同業他社であるセブン&アイや同業他社を投資先に持つイギリスの投資ファンドのTDRキャピタルなどが買い手候補として買収交渉を行っていた模様です。

セブン&アイ社内には、MPCの売却提示価格220億ドル(約2兆4500億円、EV/EBITDA倍率約15倍)では高すぎるという反対論が強くあったようです。2020年2月20日に本件交渉がブルームバーグで報道されたのをきっかけに、セブン&アイの株価が大幅下落したことを受け、3月5日に売却を断念したとの報道が日経新聞から出ています。

しかし、その後水面下で交渉が再開され、最終的に当初価格よりも10億ドル安い210億ドル(約2兆2200億円、EV/EBITDA約13倍)での売買成立となりました。

破談から一転、復活の背景

なぜ一度破談となった交渉が復活し、妥結に至ったかについては公表されていないので、状況から推測するしかありませんが、おそらくは新型コロナウイルス感染症の蔓延による状況の悪化が価格引き下げを導き、合意に至ったものと思われます。

アメリカは大規模なロックダウンが各地で実施されるなど、新型コロナの影響が日本よりも大きく、4-6月のGDPは史上最悪の▲32.9%と惨憺たる状況でした。

売り手のMPCのダメージも大きく、2020年第2四半期は444百万ドルの営業赤字(前年同期は営業黒字2,098百万ドル)に陥っています(8/3公表)。したがって、売り急ぐ必要が生じていたのでしょう。

また、競合する買い手候補であったTDRキャピタルですが、イギリスもアメリカ同様、大規模なロックダウンで4-6月のGDPは▲20.4%とやはり大ダメージで、この影響を受けたであろう投資先の立て直しに追われて買収どころではない状況に陥ったのではないかと考えられます。したがって、競合が手を引き、価格引き下げ交渉が容易となったのでしょう。

これに対して、セブン&アイは、7月9日公表の2021年2月期第1四半期決算(緊急事態宣言期間とほぼ重なる3~5月)では、営業利益は前年同期比21%の減少ではあるものの依然71,390百万円の黒字を維持しており、相対的な強さが目立ちます。

このような背景から、相対的に買収余力が残ったセブン&アイに有利な交渉状況となり、妥結に至ったものと推測できます。

買収価格210億ドル(EV/EBITDA13.7倍)は安いのか

公表資料のEV/EBITDA倍率は 7.1倍

では、無事妥結したこの210億ドル(約2200億円)という買収価格は安いのでしょうか?

セブン&アイが8/3に公表した説明資料「7-Eleven, Inc.によるSpeedway取得(P.29)」によると、節税効果で30億ドル、資産売却で10億ドル、セールアンドリースバックで50億ドルを回収できるため、実質的取得価格は取得総額210億ドルからこれらを控除した120億ドルに圧縮され、直近実績EBITDA 15億ドルに既存事業とのシナジー効果を加味したEBITDAで計算したEV/EBITDA倍率は、7.1倍となるとあります。逆算すると、シナジー効果として19億ドル(12%)のEBITDA押し上げを見込んでいることになります。

調整後取得価額とマルチプル
7-Eleven, Inc. 事業説明会 7-Eleven, Inc.によるSpeedway取得(P.29)より引用

2つのミスリード

しかしながら、この説明には2つの点でミスリーディングと考えられるところがあります。

まず、実質的な取得価格の計算についてですが、節税効果と資産売却については、確かに純粋な資金回収と言えますので、取得価格から差し引いて考えるのも合理的です。しかし、セールアンドリースバックは、資産をリース会社に売却し、売却した資産をリースで使用継続するというものですから、実質的には資産を担保にリース会社から資金調達をしてそれを長期分割返済するのと同じことです。したがって、買収資金のうち、金融機関からの借入の一部がリース会社からの借入に代わるだけのことですので、これを実質取得価額から控除するは合理的ではないと考えられます。

また、想定EBITDAについても、シナジーは買収後の買い手の企業努力によって得られるものですので、買収価値の算定上は除外するのが一般的です。

そこで、セブン&アイの説明から、上記のミスリーディングな2点を修正して実質的なEV/EBITDAを計算すると、以下の通り「11.3倍」となります。

実質的EV/EBITDA

ではこの「11.3倍」という倍率は高いのでしょうか、安いのでしょうか。

セブン&アイの説明資料のP.9に米国コンビニエンスストア業界の総店舗数ランキングが記載されており、その中に上場会社が3社あります。これらのEV/EBITDA倍率をみてみると、以下の通りでした。

同業他社のEV/EBITDA

これを見ると、平均よりは割高であるものの、Casey’s General Storesの11.96倍よりは若干低く、安くも高くもない妥当な価格と言えると思います。

では、この投資は結局セブン&アイの株主にとってプラスなのでしょうか?