若手起業家の方(特に20代の方や学生等の若手)と資本政策や調達戦略の話をするとき、既に何度も話をしているにも関わらず、なぜか微妙に話が食い違うというか、会話がかみ合わないことがあります。結構丁寧に説明してるつもりなのに、ちゃんと伝わってないことが判ると、自分の「伝える力」のなさに少々がっくりくることもあります。

が、しーかし、最近やっと気づきました!どこがずれてるのかを!!ざわわーーーと霧が晴れてくるようなこの爽快感!!!

自分がいつもやってる仕事の延長で、当たり前に思ってしまってることが相手にとって当たり前ではないのだということを改めて反省します。

話がかみ合わない場合、彼ら、彼女らはほぼ100%
「株式時価総額」=「一株当たり株価」×「発行済株式総数」
という式で、株式時価総額(会社の価値)を捉えています。

しかし、これ、誤解を恐れずに言い切ればファイナンス理論的にはほぼ「間違い」(あえて厳密には市場株価法、という評価手法としては例外的な手法)です。

確かに上場企業の株式は、市場で流通しており日々一株当たり株式の価格が取引価格として決定されるため、株式時価総額=一株当たり株価×発行済株式総数と理解しがちです。

しかし、株式取引をする人ならだれでも分かるように、一株当たり株価だけみても、その会社の株価が高いか安いかは分からないですよね。

例えば、自動車メーカーの場合、
・SUBARUの株価:2,522円
・日産自動車の株価:908円 (2019年3月29日終値)

では、SUBARUという会社は、日産自動車よりも価値が約3倍もあるのでしょうか。
もちろん違います。

・SUBARUの時価総額:約2.00兆円
・日産自動車の時価総額:約3.92兆円 (2019年3月27日終値)

SUBARUよりも日産の方が、会社全体の価値(株主価値又は株式時価総額)は、倍くらい大きいのです。

”発行済株式総数”というのは、各社の財務戦略や過去の資本政策の経緯で、当然各社それぞれであって、会社全体の価値には本質的には何にも関係ありません。

では、「株式時価総額」をどう考えるべきでしょうか。

教科書的正解バージョン:株式時価総額=株主価値=事業価値ー債権者価値ー少数持分価値

でも、これってわかりにくい。。。ベンチャー経営者はそんなこといちいちちゃんと勉強する暇はない。

それならとりあえず、こう考えるのが正解です。

株式時価総額=株主価値=当期純利益 × PER(株価収益率)

”株価収益率(PER)”は、会社の株主価値が当期純利益の何倍あるかを示す指標で、業界や収益構造により市場で観測される平均的な値です。例えば、日経平均の株価収益率は、現在15倍程度です。
http://www.nikkei.com/markets/

つまり、株式時価総額とは、会社の基本的な実力(例えば当期純利益)と将来性(例えば株価収益率)を元に評価された結果であって、一株当たり株価は、その株式時価総額を発行済株式総数で割った結果にすぎません。

算数的に言い換えるなら、株式時価総額は、一株当たり株価に対して独立変数であり、一株当たり株価は、株式時価総額の従属変数に過ぎない、ということになります。

では、これを踏まえて次のようなケースを考えてみましょう。

(応用編1)新株予約権を発行する場合

何らかの評価手法(例えばPER倍率法)により、時価総額が10億円と評価された会社があるとします。この会社の発行済普通株式は1万株で、経営株主とエンジェル投資家が保有しています。エンジェルは、出資時点で一株10万円で引き受けたわけです。

ところが、この会社が従業員向けの新株予約権を3,000株発行しようとしたところ、エンジェルから待ったがかかりました。「なぜですか?」と聞いたところ、「ダイリューション希薄化)するじゃないか」と言います。「は?なにそれ?」と経営株主は困惑します。

しかし、10億円という株式価値が一株株価とは関係がないことを考えれば、将来新株予約権が権利行使されて普通株式が増えることが確実視されるなら、エンジェルの立場で言えば、10億円 ÷ 13,000株(普通株1万株、オプション3,000株)=約76,900円とも考えられるわけです。

つまり、エンジェルは、一株につき、23,000円も割高に株式を引き受けてしまったことになりかねないわけです。

時価総額10億円というのは、少なくともその会社の実力として、株式が増えようが新株予約権が増えようが、変わりはないわけで、株式数が増える分自分の持分の価値が減ることになります。これがダイリューションです。

なんだ、簡単ジャン。そう、簡単なんです。でも、特に技術LOVE、ファイナンスなんてく●な、起業家のみなさんは、本職でこんなことばかり考えているわけではないので、たまにこういう話を振られるとやっぱり混乱することがままあるのだ、ということに最近私は気づいたのです!

では、次のケース。