家計簿アプリやクラウド会計ソフトを提供するマネーフォワード<3994>が段階的な出資によるM&Aで事業領域を広げている。入金消込・債権管理ソフトを開発するアール・アンド・エー・シー(東京都中央区、以下R&AC)の株式を8月中に追加取得し、子会社化する。これに伴い、2020年11月期第3四半期(6~8月期)の連結決算で「段階取得に係る差益」と呼ばれる特別利益1億円を計上する見通しだ。
「段階取得に係る差益」とは一体どういうものなのか。なぜキャッシュ(資金)の支出を伴うM&A取引によって利益が計上されるのか。疑問に思う読者も少なくないだろう。
背景には過去の取得原価よりも支配獲得時の「時価」を重視するM&A会計の考え方がある。まずはR&ACがマネフォの子会社となるまでの動きを確認する。
◎R&ACがマネーフォワードに子会社化されるまでの主な動き
2016年10月 | ラクス、さくらケーシーエスを引受先とする第三者割当増資により資本金を8300万円に増資 |
2018年11月 | マネーフォワードと業務提携契約を締結 |
2019年4月 | マネーフォワードなどを引受先とする第三者割当増資により資本金を1億7300万円に増資 |
2020年7月 | マネーフォワードが既存株主から株式を買い取り、子会社化を決定 |
2020年8月 | 株式譲渡の実行 |
R&ACは2004年に資本金1000万円で設立された。主力製品の入金消込・債権管理システム「Victory-ONEシリーズ」は大手メーカーから中小企業まで幅広く導入されており、クラウド型入金消込サービスでは国内首位の導入企業数を誇るという。
資本面で大きな動きがあったのは2016年10月。上場企業であるラクス<3923>とさくらケーシーエス<4761>を引受先とする第三者割当増資で6000万円を調達した。開示資料を基に計算した当時の1株あたりの単価は40万円。ラクスは経費精算システム「楽楽精算」を手掛けており、R&ACのシステムと組み合わせて企業の経理部門に業務効率化を提案する狙いがあった。
マネフォとの接点が生まれたのは2018年11月。業務提携契約を結び、両社のシステムを連携させることで、請求書発行から入金消込・会計管理までを一気通貫で処理できる仕組みを提供できるようにした。
2019年4月、R&ACは第三者割当増資により1億8000万円を調達した。すでに業務提携により関係を深めていたマネフォは1億5000万円を投じ、発行済み株式の12.3%(100株)を取得。ラクスと並ぶ第3位株主となる。1株あたりの単価は150万円(この時の増資は両社からプレスリリースが出ていないため、開示資料や法人登記簿を基に推計)。
資本提携から1年3カ月後の2020年7月、ついにマネフォがM&Aに踏み切る。13億2500万円を投じて、経営陣やラクスなどの既存株主が保有する530株(65.4%分)を買い取り、R&ACを連結子会社にすることを決めた。
今回の子会社化取引における1株あたりの単価は250万円。19年4月の増資から、わずか1年余りで企業価値が67%も上昇したことになる。ちなみに、2016年のラクス出資時と比較すると企業価値は7倍に拡大。ラクスはR&AC株の売却に伴い、2億1000万円の特別利益を計上すると発表した。
◎R&ACの企業価値は4年で7倍に拡大
推計企業価値 |
1株あたり単価 |
発行済み株式数 | |
ラスク出資時 | 2億7600万円 | 40万円 | 690株 |
マネフォ初回出資時 | 12億1500万円 | 150万円 | 810株 |
マネフォ子会社化 | 20億2500万円 | 250万円 | 810株 |
今回のM&Aによって「段階取得に係る差益」が計上される原因はこの投資先の時価の上昇にある。会計基準では、支配の獲得(子会社化)が複数の取引により達成された場合、連結決算上、支配獲得時の時価をもって投資の原価を算定する。これは、子会社化(経営権の獲得)によって、同じ会社への出資でも投資の本質が大きく変わったとみなし、いったん過去に所有していた株式を時価で売却し、改めて時価で株式を取得したと考えるためである。
そして、時価をベースに算定した投資原価と個々の取引ごとの原価の合計額との差額は、特別損益(段階取得に係る損益)として処理するルールとなっている。
今回のマネフォによるR&AC社子会社化の事例では、
連結上の投資原価=250万円×630株=15億7500万円……(A)
と計算される。
これに対し、個別決算上の投資原価は取引ごとの取得原価の積み上げによって計算される。
すなわち、個別上の投資原価=150万円×100株+250万円×530株=14億7500万円……(B)
と計算できる。
そして(A)と(B)の差額が特別損益となることから、
段階取得に係る損益=(A)-(B)=1億円
上記の1億円の段階取得に係る差益は、1株あたり150万円で計上していた既存の持ち株(100株)を時価(250万円)で評価替えしていることによって生じている。