ご注意ください
この記事は公開から1年以上経っています。掲載されている情報は、公開当時のものです。

【三菱自動車】落日のスリーダイヤ、外資に買われ「失ったもの」

alt

バブル崩壊下でも成長した「優等生」が…

三菱自動車が飛躍したのは、バブル経済崩壊後の1990年代前半のこと。国産車メーカーが主力車種だった高級セダン車の販売台数の伸び悩みで苦戦する中、オフロード車の「パジェロ」で第1次レクリエーショナル・ビークル(RV)ブームに乗る。ただでさえ乗用車が売れない状況にもかかわらず、車体価格の高い「パジェロ」が納車待ちの大ヒットなり、三菱自動車の業績は急上昇。当時、三菱自動車はバブル崩壊に負けなかった「優等生企業」とされ、株式市場ではRVブームに乗り遅れて業績が悪化していたホンダ<7267>を三菱自動車が救済合併するのではないかとも囁かれた。

しかし、1996年にRVで出遅れていたホンダが「ステップワゴン」を発売して大ヒットを記録し、ワゴン車を中心とする第2次RVブームが到来。「パジェロ」の成功体験から抜け出せなかった三菱自動車は、このブームに乗り遅れ、業績は急降下する。皮肉にもバブル崩壊直後には三菱自動車が救済合併するのではと言われていたホンダに飲み込まれるとの噂まで駆け巡った。

が、実際に救済の手を差し伸べたのはダイムラークライスラーだった。2000年3月に三菱自動車はダイムラークライスラーから34%(約2250億円)の出資を受け入れると発表。翌2001年1月にダイムラーからロルフ・エクロート氏が三菱自動車副社長兼乗用車部門最高執行責任者(COO)として派遣され、2002年6月には同社最高経営責任者(CEO)に昇格した。1999年6月にカルロス・ゴーン氏がルノーからCOOとして日産に派遣され、後にCEOに昇格したのと同じ展開だった。

だが、ルノーの傘下に入った日産が業績をV字回復したのに対して、三菱自動車はルノーよりもはるかに経営規模が大きいダイムラークライスラーの支援を受けながら低迷が続く。ダイムラークライスラー傘下入り初年度となる2001年3月期(2000年4月〜2001年3月)の売上高は前期比1.7%減の3兆2767億円、営業損益は前期の224億円の黒字から738億円の赤字へ転落。経常赤字は前年の37億円から940億円に、当期赤字も前年の233億円から2781億円と大幅に悪化した。

独ダイムラークライスラー支配時の財務状況

決算 2000年3月期 2001年3月期 2002年3月期 2003年3月期 2004年3月期 2005年3月期
売上高 3,334,974 3,276,716 3,200,699 3,884,874 2,519,449 2,122,626
営業利益 22,473 -73,865 40,227 82,761 -96,852 -128,544
経常利益 -3,758 -94,057 11,863 54,344 -110,295 -179,172
当期純利益 -23,331 -278,139 11,256 37,361 -215,424 -474,785
売上高営業利益率 0.7 -2.3 1.3 2.1 -3.8 -6.1

(単位=100万円、以下同)

NEXT STORY

ルノー・日産・三菱自の「新アライアンス戦略」が暗示する未来は

ルノー・日産・三菱自の「新アライアンス戦略」が暗示する未来は

2020/06/07

仏ルノー、日産自動車、三菱自動車工業の3社が2020年5月27日、新たなアライアンス戦略を発表した。ルノーのスナール会長は「アライアンスの共通の志は変わっていない」と語ったが「アライアンス解散」に備える内容となっていることは否定できない。

関連のM&Aニュース

アクセスランキング

【総合】よく読まれている記事ベスト5