東証1部上場の投資会社、マーキュリアインベストメントがクロスボーダーの事業投資案件で存在感を増しつつある。設立母体の日本政策投資銀行(DBJ)や第2位株主の伊藤忠商事との連携による海外展開力を強みとする。出資先は日本企業だけでなく、中国など海外企業に広がり、IPO(株式公開)、第三者への譲渡によるイグジット(EXIT)も実績を積んでいる。
そうした中、満を持して取り組んでいるのが自動車部品メーカー、水谷産業グループの案件だ。舞台は日中にまたがり、しかも伝統的な中堅製造業の事業承継ニーズにこたえる案件とあって、投資内容への注目度が高い。マーキュリアインベストメントの横顔を探る。
マーキュリアは2月、自動車部品向けアルミダイカスト製品を生産する水谷産業(岐阜県多治見市、齊藤孝社長)、中国にある水谷精密零件制造(上海市、李剛総経理)の両社を買収した。傘下の投資ファンドを通じて2社の全株式を取得した。取得金額は明らかにしていない。日中での売上高は約110億円、従業員数は約1400人。
「思いのほか早い段階で、当社が独占交渉権を獲得できた。提案内容もさることながら、長年培ってきたクロスボーダーの実績が評価されたのだと思う」。マーキュリアの小山潔人取締役 CIO(最高投資責任者)事業投資部長はこう切り出す。
水谷産業グループの投資案件が動き出したのは2019年1月。5社による入札となったが、3カ月ほどで早々に指名を受けたという。データセンター、測量・地図サービス、フィンテック、家具などで中国投資の経験とノウハウを積んできたのが奏功した格好だ。
水谷産業は1970年設立で、50年の業歴を持つ。一方の水谷零件は中国におけるグループ企業として1995年にスタートし、欧州系の自動車部品大手を中心に顧客開拓を進め、売上高(約60億円)では日本を上回るまでに成長した。グループとして日本に3工場、中国に4工場を展開する。日中双方で営業利益率は10%超の2ケタを維持している。
堅調な業績にもかかわらず、なぜ、投資ファンドに事業支援を求めることになったのか。次期の後継体制のあり方について社内に限定せず、社外に承継先を求めたことが大きい。オーナー依存から脱却し、持続的な成長基盤の確立につなげるのが眼目だ。
経営課題の一つが生産技術や顧客の共有化といった日中間の相互連携。日中それぞれが独自の事業運営体制を構築してきたことから、両社のシナジー(相乗効果)を見出しづらい状況にあったという。
また、経理・総務、経営企画など管理体制の充実も急務となっている。「例えば、原価管理。長年の経験やカンに頼る部分が少なくなく、数字に基づく『見える化』を実現したい」とマーキュリアの許暁林・執行役員中国事業統は語る。
その先にあるのが次世代への事業承継だ。日本側のみならず、中国事業を率いる李総経理も自身の後継者を考え始めている。「新たな成長ステージを託すにふさわしい後継の経営人材を外部から招へいしたい」(小山取締役)と意気込む。
マーキュリアは5~7年を投資期間の目安とする。その時点で水谷産業グループの売上規模については300億円を想定。ボリュームゾーンと位置づけるのがEV(電気自動車)。成長が期待されるEVでは車体の軽量化に役立つアルミダイカスト製品の需要が見込まれ、ビジネスチャンスとしたい考えだ。
時期尚早とはいえ、気になるのはイグジットの方向性。IPOか、それとも事業会社への売却か。「仮にIPOであれば、アジアで活躍する企業として、香港(市場への上場)もあり得るかもしれない」(小山取締役)と思いをめぐらせる。
◎主な投資実績
投資先企業 | 業種 | EXIT |
---|---|---|
ライフネット生命 | ネット生命保険 | IPO |
ほけんの窓口 | 保険代理店 | 売却 |
ミンカブ・ジ・インフォノイド | 金融ソーシャルメディア | IPO |
SONOKO | 食品・サプリメント | 売却 |
泉精器製作所 | シェーバーなど家電製品 | 売却 |
シンクス | 木材加工機械 | 投資継続中 |
ツノダ | 不動産賃貸 | 投資継続中 |
ぺんてる | 筆記具 | 売却 |
ビットキー | 住宅用スマートキー | 投資継続中 |
水谷産業グループ | アルミダイカスト製品 | 投資継続中 |
【海外】 | ||
21Vianet Group(中国) | データセンター | 売却 |
Eastdawn(中国) | 測量・地図サービス | 売却 |
Thunip (中国) | 環境コンサルティング | IPO |
北京中関村科金技術(中国) | フィンテック | 投資継続中 |
Nippon Wealth(香港) | 富裕層向け資産運用 | 投資継続中 |
STELLAR WORKS(中国) | 高級家具 | 投資継続中 |
ゴードン・ブラザーズ・ジャパン(米) | 在庫・動産ソリューション | 売却 |
Knotel(米) | 契約オフィス | 投資継続中 |
マーキュリアの主要株主は日本政策投資銀行(約24%)、伊藤忠商事(約14%)、三井住友信託銀行(3%)。政投銀は2005年の設立時から筆頭株主で、伊藤忠、三井住友信託は2015年から名を連ねる。3社はマーキュリアが運営するファンドへの出資や案件発掘などで協業関係にある。
マーキュリアは2016年に東証2部に上場(翌17年に東証1部昇格)。未公開企業を中心に投資を行うプライベートエクイティ(PE)ファンドの運用会社として唯一の上場企業でもある。事業投資をメーンに、不動産投資や航空機リースなどの資産投資も手がけ、合計の運用資産残高は1934億円(2019年12月末)。
事業投資では現在、5つのファンドを運用中だ。具体的にはグロース1号ファンド(2005年組成)、グロース2号ファンド(13年)、バイアウト1号ファンド(16年)、きらぼしファンド(18年)、BizTechファンド(19年)。
このうち、きらぼしファンドは東京きらぼしフィナンシャルグループと共同で組成し、中小企業の事業承継に主眼を置く。伊藤忠と組成したBizTechファンドは不動産・物流分野を主な対象とし、初年度4件の投資を実行した。
水谷産業グループの案件は「バイアウト1号ファンド」に基づき投資を実行した。400億円規模でバイアウト2号ファンドの新規組成を模索中だ。
PEファンドは投資先企業の全株式、最低でも株式の過半数を取得する。自ら経営に参画することで、体質改善や事業構造の変革などを推し進め、企業価値の向上を目指す。「当社がかかわることで、競争力のアップや海外展開を後押しできれば、何よりのこと」と小山取締役は静かに闘志を燃やしている。
文:M&A Online編集部
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