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NewsPicks運営会社がTOB、ネットメディアは難しい?
米投資ファンドのカーライル・グループが11月9日、経済ニュースメディア「NewsPicks」を運営するユーザベースの完全子会社化を目的にTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表した。TOBが成立すれば東証グロース市場への上場が廃止となる。
2022年11月8日15時15分、米投資ファンドのカーライル・グループによる東京特殊電線<5807>へのTOBが公表されました。
株主の皆さん、おめでとうございます!
買い付け価格は5,680円で、公表直前終値2,215円に対して156%のプレミアムとなります。これは近年まれに見る破格の水準と言えるものです。
さて、この破格のプレミアムを支払うカーライルに勝算はあるのでしょうか?
世界有数のファンドであるカーライルの投資ですから、当然、勝算があってのことでしょうが、そのシナリオはいかなるものか、考えてみたいと思います。
TOBへの賛成を表明した対象会社の開示資料によると、買収提案後、対象会社において提示株価の妥当性を検討するための特別委員会が結成され、株価の交渉にあたっていたとのことです。
まず、M&Aアドバイザリー会社のフロンティア・マネジメントに第三者評価を依頼し、得られた結果は以下の通りで、これを土台として両者の交渉が行われています。
これを見ると、過去の実際の市場株価の推移は類似会社比較法の40~48%、DCF法の29~40%程度と市場株価がかなり割安であったことが示唆されます。
しかし、ここからは、両者に評価の差があることしかわからず、市場が実力を過小評価しているのか、それとも類似会社にはない固有のリスク要因を反映させていたり、想定される将来キャッシュフローが過大であったりするだけで、市場株価の方が妥当な評価なのかまでは読み取れません。
この評価結果を踏まえた両者の交渉の経緯は、開示資料によると下記の通りです。
カーライルは当初、類似会社比較法の中央値よりやや下限値寄りの価格を提示しています。これは、合意価格よりはだいぶ低い水準ですが、市場株価平均法の評価結果を大きく超える水準です。
交渉事ですので、低い価格から提示されるため、少なくともカーライルとしては、これ以上安い価格では妥当性を欠き、TOBの合意成立は不可能と考えたものと推察されます。
カーライルの判断としては、少なくとも市場株価は過小評価されており、類似会社程度の水準で買っても投資妙味があると評価したのでしょう。DCF法の下限値には届かない価格でしたので、前提とする事業計画の達成確率はそれほど高く見ていなかったのではないかとも推察されます。
他方の特別委員会側は、類似会社比較法のレンジ外のDCF法でのみ示現する価格を主張しています。これは、会社側としては、DCF法のレンジに届かない価格提示は事業計画達成可能性を否定されているも同じと解釈しうるものであるため、DCF法のレンジから下に外れることを拒否したのではないかと推察されます。
その結果、DCF法の下限値以上、類似会社比較法の上限値以下の5,660円で最終提示となり、合意が成立しました。カーライルとしては、これ以上の価格では投資妙味がないと判断したものと考えられます。
一般的にファンドの投資期間は3年~5年で、合格点とされるIRRは15%と言われています。
カーライルの1株あたり買収価格5,660円が3年後にIRR15%を達成するためには、8,608円になっている必要があります。どうすればこの株価が達成されるのでしょうか?
まず、対象会社である東京特殊電線のPER(表3)と電線関連銘柄のPER(表4)を比較してみたいと思います。
なお、第三者評価で採用された類似会社が具体的にどの会社であったかは開示されていないため不明ですが、概ね以下に挙げた会社あたりが選ばれていたのではないかと考えられます。
東京特殊電線のTOB公表前終値水準の予想PERは7.0倍で、電線関連銘柄の平均(外れ値を除く)10.3倍ですから、比較すると確かに割安です。また、対象会社の親会社である古河電気工業のPERは12.0倍ですので、親子上場によるディスカウントが両者の倍率差とすれば、買収により親子上場ディスカウントが解消して12倍に評価が修正されるとも考えられます。
しかし、TOB価格基準の予想PERは18倍で、類似会社の最大値14.3倍よりも割高です。さらに目標株価ベースでは、予想PER27.3倍で、相当のEPS成長を見込んでいると考えられます。
では、想定PERを12倍として、目標株価達成のための必要EPSと必要年平均成長率(CAGR)はどのくらいなのか試算してみましょう。すると以下の通り、32%となりました。
東京特殊電線が手掛ける電線関連のような、比較的成熟した製品分野で、毎期平均32%の利益成長を3年維持するというのは、相当ハードルが高いのではないかと思われます。
表6で東京特殊電線の過去の実績推移をみても、3年CAGRが32%を超えたのはリーマンショック後の長期低迷期の5期連続赤字後、アベノミクスで黒字転換を果たし、安定的な黒字体質への転換を果たした2013年3月期から2016年3月期にかけての3年間のみでした。マイナスとなっている期間も3年(2018年、20年、21年)あり、やはり相当ハードルは高そうです。
このように、円建てだけで見ていると、非常にハードルの高い条件のように思われます。しかし、カーライルは米国のファンドですので、最終的にはUSD建ての利益がIRR15%を達成すれば合格となります。
折しも急速な円安が進んでいた局面でもありますので、次はドル建てで考えるとどうなるかを見てみたいと思います。
為替は投機的思惑でファンダメンタルズと大きく乖離しやすく、ゆえに「アナリストの墓場」などと呼ばれる市場ですが、それでも長期的には金利差と購買力平価で説明可能と言われています。
購買力平価とは、為替レートは自国通貨と外国通貨の購買力の比率によって決定される、という為替レートの決定理論です。
まず、インフレ率に差があると、同じ額で買えるものが減っていきますので、購買力平価が下がり、高インフレ通貨の価値は下落し低インフレ通貨の価値が上昇することになります。
他方、政策金利に差があると、低金利通貨を売って高金利通貨を買うキャリートレードが活性化するため、低金利通貨の価値が下落し高金利通貨の価値が上昇することになります。
しかし、中央銀行は、インフレが進むと金利を引き上げ、インフレが落ち着くと金利を下げるので、購買力平価の低下と金利差の拡大は往々にして同時進行し、矛盾する二つの力が市場でせめぎあうことになります。
歴史的には、好況時にはキャリートレードによる圧が勝って高金利通貨高に振れやすく、不況時にはキャリートレードの巻き戻しで低インフレ通貨高に振れやすい傾向があります。
ここで公益社団法人国際通貨研究所推計の購買力平価と為替相場の推移をみると、おおむね企業物価購買力平価を軸に変動し、円高に振れたり円安に振れたりしつつもどこかのタイミングで企業物価購買力平価に近い水準に収斂するタイミングが来ている様子が見て取れます。
(参考URL https://www.iima.or.jp/research/ppp.html)
カーライルは、いずれ企業物価購買力平価水準に収斂するというシナリオを想定しているのかもしれません。
そこで、仮に現在の企業物価購買力平価水準に3年後の為替が収斂するとした場合の必要CAGRを試算してみると、以下の通り10.9%となりました。
これならば、過去の実績を見てもだいぶ現実的な水準ではないでしょうか。
もちろん、ここまで為替水準が変動する保証はありません。しかしながら実際には両者のバランスでもう少し円安な為替であっても、もう少し高いGACRを達成することで、IRR15%達成は十分にあり得るように思えます。
カーライルは円建ての投資家にはまねのできない、ドル建ての投資家ならではの大チャンスをつかんだ、ということではないでしょうか。
文:巽 震二(証券アナリスト/フリーランス・マーケットアナリスト)
※本記事に記載されている個別の銘柄・企業名については、あくまでも執筆者個人の意見として申し述べたものであり、その銘柄又は企業の株式等の売買を推奨するものではありません。
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フリーランスマーケットアナリスト。
証券アナリストとして大手証券会社調査部勤務後、専業個人投資家に転身。
アベノミクスの波に乗って2015年、目標資産残高を達成し、トレーディングもめでたく卒業。
現在はフリーランスマーケットアナリストとして活動中。本連載はペンネームで寄稿している。
米投資ファンドのカーライル・グループが11月9日、経済ニュースメディア「NewsPicks」を運営するユーザベースの完全子会社化を目的にTOB(株式公開買い付け)を実施すると発表した。TOBが成立すれば東証グロース市場への上場が廃止となる。