M&Aバリュエーションを考える フリー・キャッシュフローの予測期間

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アクティビスト株主によるBumpitrageとAppraisal Litigation

「M&Aバリュエーションを考える類似上場会社の選定」で触れたように、アクティビスト株主が、M&Aに反対し、そのM&Aを完全に停止させること、またはM&A価格やその他の条件の改善を求めるM&Aキャンペーンである「Bumpitrage」の対象となったアルプス電気とアルパインの経営統合で争点となったバリュエーション・アプローチの下での前提や数値の設定は、米国企業の多くが本店を有するデラウェア州の訴訟である「Appraisal Litigation」ではどう判断されているか、紹介する。

今回は、エンタプライズDCF法(Enterprise Discount Cash Flow method)におけるフリー・キャッシュフローの予測期間を取り上げる。

エンタプライズDCF法におけるフリー・キャッシュフローの予測期間

M&Aでは、みなし税引後営業利益(Net Operating Profit Less Adjusted Taxes: NOPLAT)から純投資額(営業用資産への新規投資から減価償却や除却により減少した資産を差し引いた数字)を減算したフリー・キャッシュフロー(Unlevered Free Cash Flow: FCF)を会社の資本機会費用であり、投資家の期待収益率である税引後加重平均資本コスト(after-tax Weighted Average Cost of Capital: WACC)で割り引いた事業価値(Enterprise Value: EV)に非事業用資産を加算し、有利子負債や少数株主持分を減算して、株式価値を算定するエンタプライズDCF法を使用するケースが多い。

なぜなら、「バリュエーションを考える 平時におけるバリュエーションのすすめ」で触れたように、会社は投資家からキャッシュを調達し、それを投資することによって、より多くのキャッシュを生み出し、投資家に価値を創造するが、創造される価値は、事業活動から生み出すキャッシュから投資額を差し引いた額に等しいため、その大きさは事業に投下した資産(Invested Capital:IC)に対するNOPLATの割合である投下資産収益率(Return On Invested Capital: ROIC)と売上高成長率をどれだけ維持できるかで決まり、ROICがWACCを上回ったときのみ、会社は価値を創造できるところ、エンタプライズDCF法は、これらのキードライバーが包含されているアプローチであるからである。

もっとも、将来のFCFは、永久に予測することが不可能であるため、一定期間(予測期間)のFCFを予測し、その後の期間(継続期間)は一定の成長率で予測するモデル(2段階モデル)や、予測期間を異なった成長段階で異なった成長率を組み込むモデル(3段階モデル)を使用するケースが多い。

この予測期間について、米国のコーポレート・ファイナンスやバリュエーションの学術書や実務書では、「会社が安定状態(steady state)に達するまでの期間」であり、例えば、バリュエーション時点で会社が安定した状態にほど遠い場合には、5年、10年、またはそれ以上にする必要があるとの見解が多い。

米国デラウェア州における裁判所の判断

裁判所は、これらの見解を支持している(e.g. DFC Global Corp. v. Muirfield Value Partners, L.P., et al., No. 518, 2016 (Del. Sup. Ct. Aug. 1, 2017).)。なぜなら、「アクティビスト株主によるBumpitrageとAppraisal Litigation」で触れたように、これらの見解が「金融業界一般に受け入れられる方法」であるからである。

例えば、5年間の経営者計画と5年間の専門家計画を使用した3段階モデルは、不確実性があり、専門家計画も投機的であるため、採用しなかったケース、経営陣が日常的に準備していた3年間の計画を2年間延長した3段階モデルは、前例のない直線的な成長の拡大を支援する根拠となる証拠がないため、採用しなかったケース、そして、大きな変動があり、経営者が4年を超えて予測することをためらっているペースの速い業界における3段階モデルは、特に鉄面皮であるため、採用しなかったケースなどがある。

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ CEO
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。ファイナンシャル・アドバイザリー業務に従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)招聘研究員。専門は、企業価値評価論、企業買収制度論。主な著書は『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021 年)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020 年)、『民事特別法の諸問題 第 6 巻』(共著、第一法規、2020 年)など。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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