M&Aバリュエーションを考える 現預金の事業性

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アクティビスト株主によるバンプトラージと株式価格決定申立権に関する訴訟

アクティビスト株主が、M&Aに反対し、そのM&Aを完全に停止させること、またはM&A価格やその他の条件の改善を求めるM&Aキャンペーンであるバンプトラージ(Bumpitrage)の対象となったアルプス電気とアルパインの経営統合で争点となったバリュエーション・アプローチの下での前提や数値の設定は、米国企業の多くが本店を有するデラウェア州の株式価格決定申立権(Appraisal Right)に関する訴訟である「Appraisal Litigation」ではどう判断されているか、紹介する(「M&Aバリュエーションを考える類似上場会社の選定」参照)。

今回は、エンタプライズDCF法における非事業用資産を取り上げる。

エンタプライズDCF法における現預金

エンタプライズDCF法における株式価値は、事業価値から、事業に直接関係せず、フリー・キャッシュフローに貢献せず、事業上の制約がない資産(非事業用資産)を加算した価値(企業価値)から、普通株主に帰属しない価値(有利子負債等)を減算する(「M&Aバリュエーションを考える フリー・キャッシュフローの予測期間」参照)。

「非事業用資産」を加算するのは、「事業価値」の大きさは、事業に投下した資産に対するみなし税引後営業利益の割合である投下資産収益率(ROIC)と売上高成長率をどれだけ維持できるかで決まるところ、非事業用資産と投下資産と切り離して把握しないと、ROICを過小評価し、事業価値を正確に把握できないからである(「バリュエーションを考える 平時におけるバリュエーションのすすめ」参照)。

「非事業用資産」には余剰現預金のほか、余剰投資有価証券や遊休不動産などがあるが、日本の会社は欧米の会社と比べ、「現預金」の保有比率が高いため、現預金が非事業用資産(余剰現預金)であるか否かが論点になるケースが多い(「コーポレートガバナンスを考える 現金保有は善か悪か」参照)。

この「現預金」について、米国のバリュエーションの実務書では、「日々の事業で必要な額を推定し、その額を上回る部分」を「非事業資産(余剰現預金)」として取り扱うとしており、「日々の事業で必要な額」、すなわち、「事業用現預金(運転資本)」の推計方法が示されている。例えば、在庫などの回転期間を考える発想と同様、「年間売上高の何パーセント」とか「従業員の給与合計の何か月分」とか、「同じ業界の他社をベンチマークにする」などの記載が見受けられる。

米国デラウェア州における裁判所の判断

米国デラウェア州の裁判でも、「現預金」が争点となるケースがある。

裁判所は概して、「事業用現預金(運転資本)」が「合理的な証拠」によって裏付けられているか否かで判断し、その証拠が認定された場合には、非事業用資産(余剰現預金)ではないため、事業価値に加算していない。例えば、「経営陣が経営の過程で作成した運転資本の予測」は、合理的な証拠として優先される。しかし、会社が日々業務を遂行し、小売業者から費用を回収する前に在庫の支払を行うために保有現金の「かなりの部分」が必要であるとの証言は、合理的な証拠ではなく、前年のどの時点で現金残高が大幅に減少したという証拠や、必要な現金の見積もりが訴訟目的(litigation driven)でなかったという証拠を提示しなければならないとしたケースがある。

一方、その証拠が認定されない場合には、非事業用資産(余剰現預金)であるため、事業価値に加算している。しかし、例えば、「同業他社の運転資本残高」は、これらの各企業が多額の現金ポジションを持っていることを意味するものの、過剰な現金の適切な量が何であるかについて重要な証拠にはならないとしたケースがある。

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ CEO
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。ファイナンシャル・アドバイザリー業務に従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)招聘研究員。専門は、企業価値評価論、企業買収制度論。主な著書は『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021 年)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020 年)、『民事特別法の諸問題 第 6 巻』(共著、第一法規、2020 年)など。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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