みずほフィナンシャルグループ(FG、当初はみずほホールディングス)が発足したのは20年前の2000年9月29日。都市銀行といえば、かつて大手銀行の代名詞。合併・統合を繰り返し、現在は「三菱UFJ」「三井住友」「みずほ」「りそな」の4行(グループ)に集約されているが、戦後の最盛期は15行を数えたことをご存知だろうか。

「みずほ」、富士・第一勧業・興銀で発足

最近、都市銀行という言い方はめっきり減った。10行以上がひしめいていた頃は新聞の見出しなどにも「都銀上位行」「都銀中位行」といった表現がしばしば登場したが、金融庁による区分で都市銀行は今や4行だけだ。

なかでも、りそな銀行以外の三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3行は一般にメガバンクと呼ばれることが多い。

都市銀行は普通銀行のうち全国規模で業務を展開する大手銀行をさす。したがって信託銀行は別のくくりだ。

29日に発足20年を迎えたみずほFGは金融持ち株会社。傘下に、みずほ銀行、みずほ信託銀行、みずほ証券を持つ。現在のみずほ銀行の母体は富士銀行、第一勧業銀行、日本興業銀行。3行中、興銀は長期信用銀行で、都銀との業態の垣根を超えた経営統合として注目されたが、発足時、大規模なシステム障害が重なった記憶は今も生々しい。

都銀が4行に集約されて久しいが、働き盛りの40代でも、その前身の銀行がどこだったのかと問われても、なかなか答えられないに違いない。

平成初頭まで都銀13行体制

令和の前の平成が始まる1989年時点で都銀は13行。第一勧業、富士、三菱、住友、三和、三井、太陽神戸、東海、大和、協和、東京、埼玉、北海道拓殖だ。平成に入ると、三井と太陽神戸(1990年)、協和と埼玉(1991年)が相次ぎ合併し、前者がさくら銀行、後者はあさひ銀行をスタートさせた。

戦後、都市銀行再編の第1波は1970年代初めに到来。1971年に第一銀行と日本勧業銀行が合併して第一勧業銀行、1973年に神戸銀行と太陽銀行が合併して太陽神戸銀行が誕生した。これによって、都市銀行はピーク時の15行から、13行となり、この体制が平成の初めまで20年近く続いたのだ。

戦後、都銀の大型合併の第1号として誕生した第一勧業銀行(現みずほ銀行)の旧本店(東京・内幸町)

最多の4行を母体とする三菱UFJ

現在の三菱UFJ銀行は元をたどれば、三菱、東京、三和、東海の4銀行の寄り合い所帯。三菱と東京の合併で1996年に発足した東京三菱銀行に、UFJ銀行が2006年に合流して今日にいたる。そのUFJは三和と東海が2002年に合併してできた。

三井住友銀行は住友とさくらが2001年に合併して発足した。この時、合併新銀行に「三井」の名が復活した。りそな銀行は2003年に大和銀行とあさひ銀行が一緒になって発足した。

平成初頭のさくら銀行、あさひ銀行の誕生は主に金利自由化に備える狙いが大きかった。これに対し、みずほ、三井住友、UFJ、りそなのケースはバブル崩壊後の不良債権問題が再編・統合のきっかけになった。1997年には北海道拓殖銀行が都銀初の経営破たんに追い込まれた。

時あたかも菅義偉内閣誕生で地方銀行の集約がとりざたされている。その数は102行。人口減少や超低金利が続く中、地銀M&Aのゴングが鳴ることになるのだろうか。

◎都市銀行15行のその後

銀行名(当時)その後
富士銀行 みずほ銀行(※長信銀の日本興業銀行も加わる)
第一銀行 みずほ銀行
日本勧業銀行 みずほ銀行
三菱銀行 三菱UFJ銀行
東京銀行 三菱UFJ銀行
三和銀行 三菱UFJ銀行
東海銀行 三菱UFJ銀行
住友銀行 三井住友銀行
三井銀行 三井住友銀行
神戸銀行 三井住友銀行
太陽銀行 三井住友銀行
大和銀行 りそな銀行
協和銀行 りそな銀行
埼玉銀行 埼玉りそな銀行(※都銀に含める場合もある)
北海道拓殖銀行 経営破たん

文:M&A Online編集部