伝説のラガーマンの華麗なる転身人生-松尾雄治さん

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会員制のバー「リビング」でほほ笑む松尾さん(右) 東京・西麻布

還暦を機に新たな事業

  「伝説のラガーマン」といえばこの人、数々の偉業を成し遂げたことで知られる松尾雄治さん(65)だ。お会いする前は少し緊張していたが、気さくな人だった。

「ラグビーは15人でやるスポーツ。松尾1人が何かしたわけじゃない。みんなで築き上げてきたものに対して、自分だけが特別だみたいに偉そうにすること自体いやだね」

元ラグビー選手だった父親の影響もあり、小学校時代からラグビーを始め、目黒高校から明治大学へ。低迷していた明大ラグビー部を悲願の初優勝に導いたことはあまりにも有名だ。卒業後は新日本製鐵釜石に入社し、ラグビー部(現・釜石シーウエイブス)で活躍。日本選手権7連覇という不滅の記録達成後の1985年、選手生活にピリオドを打った。

「8年でね、係長になったんですよ。最初は運輸課に配属され、それから教育の方に移り、最後は人事部。朝から晩まで仕事をした後、夜遅くまでラグビーの練習をしてました」

2004年に成城大学ラグビー部の監督に就任。12年に監督を辞めてからはラグビー界初のスポーツキャスターになり、ラグビー解説者、タレント活動などテレビで八面六臂の活躍はご存じの通り。ビートたけしさん率いるオフィス北野所属のタレントでもある。

数年前に父親と母親を相次いで亡くし、自身も60歳の還暦を迎え、第二の人生をどう生きるべきかという課題に直面。いろいろ悩んだ末に、「友達や仲間がみんな集まって楽しく語り合える場を作ろう」と東京・西麻布に会員制バー「リビング」を開業した。

酒を注ぐ側の司令塔に

プロ・アマを問わず、スポーツの檜舞台で活躍した元選手が飲食店を開業すると、現役時代記念のものを飾るが、会員制のバー「リビング」にはそれがまったくない。「だれが経営しているのか絶対にわからない店にしたい」というのがポリシーだからだ。

飲み放題、食べ放題で1人5500円。高級ウイスキーの「白州」とかプレミアム焼酎の「森伊蔵」など、銘柄を聞いたらびっくりするようなものばかりそろえている。いままで酒は注がれて飲む側で、「まさか注ぐ方になるとは思ってなかった」と苦笑。新日鉄釜石時代はおちょこ一杯でひっくり返っていた。その後徐々に飲めるようになったそうだ。

カウンターとテーブル席に30人は入れるが、25人ぐらいが適切な混み具合。常連客はスポーツ関係者や芸能人が多い。財界人もよく来るという。連日満員の盛況だ。

日本ラグビー史上屈指のスタンドオフと言われている。スタンドオフはゲームをコントロールするのが役割で、チームの司令塔などと呼ばれる。バスケットボールでいえば“コート上の監督”といわれるガード、サッカーのサイドバックのような重要なポジションだ。

「常にまわりを見るようにしてます。あ、あそこはウイスキーが空いてるなとか、あそこはシャンパンが空いてるなとか、あのお客さんは何を飲んでるのかとか。そういうことに最近、おれは合ってるのかなって思うようになってきたのよ。4年経ってね」

まさにスタンドオフの本領発揮。この界隈の飲食店では「ひとり勝ちです」と胸を張る。

スポーツ界に話題提供

会員制のバー「リビング」を開業したとき店に入ってまず始めたことは、便所掃除。元祖ミスター・ラグビーと呼ばれる人が便所掃除ですかというと、「嫌なことは率先して自分がするということです。そうじゃないと従業員やバイトの子にものを言えない。ラグビーの精神と同じです」という答えが返ってきた。畑違いの商売を始めてまる4年が経った。

「飲み放題だから、大変ですよ。全然もうからないけど、子供も大きくなったし、若い頃みたいに何千万円もなきゃ生活できないなんてことないからね。お金のことを考えなくなったら、楽しいということと幸せみたいなものが同時にきているような気がします」

テレビ出演や講演などで生活を支えている。2020年には東京オリンピックが開かれるが、スポーツバーにするつもりはない。外食産業に本格的に進出する考えも「まったくない」という。「ここでのたれ死ぬ覚悟。テレビ番組も何回かここで収録してるけど、ラジオだってここで作りゃいい。多少でもスポーツ界に面白い話題を提供できればね」

社会貢献活動にも積極的に取り組んでいる。東日本大震災で甚大な被害を受けた釜石・東北を元気づけようと、NPO法人スクラム釜石を立ち上げ、寄付を募りグッズを販売、チャリティイベントを開催するなど、ラグビーを通じた復興支援活動を行っている。

松尾さんが飲んでいる「森伊蔵」の水割りを私に勧めながら「どんどん飲んでください。もう堅苦しい話はこれぐらいにして、歌でもうたいましょうよ」

間違えて変な客が入って来ないように一応会員制にしているが、堅苦しい条件はない。今度は客として「リビング」で飲みたいな、筆者も入れてくれるかな。そういうと、松尾さんは「私が会ったことのある人は大体入れてあげます」と笑みを浮かべた。

文:大宮知信/編集:M&A Online編集部

この記事は2018年1月2日に公開された記事を再編集したものです。

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