1. 第一三共の誕生

 三共の前身は1899年に創業された三共商店で1913年に三共株式会社が発足。第一製薬の前身は1915年に創業されたアーセミン商会で1918年に第一製薬が発足している。統合直前期の2005年3月期には、三共商店が151期、第一製薬が127期と歴史の長い会社同士の統合となった(図1参照)。

 経営統合は、05年9月。株式移転方式で、共同持株会社第一三共を設立、両社が持株会社の傘下に入った。05年4月に山之内製薬と藤沢薬品の経営統合により誕生したアステラス製薬は合併方式であった。株式移転方式の統合は、アステラス製薬の合併と比較して、緩やかな統合になるのが特徴だ。第一三共が合併により完全に統合したのは、経営統合から約1年半後の07年4月になる。第一三共がアステラス製薬の合併を見た後に、株式移転方式が選択されたのは興味深い。

 05年3月期の三共の売上高は5878億円、純資産が7165億円、第一製薬の売上高は3285億円、純資産が4485億円となっており、三共が第一製薬より規模は大きい(図1参照)。持株会社の代表取締役社長には、三共出身の庄田隆氏、代表取締役会長に第一製薬出身の森田清氏が就任した。取締役10名のうち、生え抜きの取締役は、三共、第一製薬とも3名選任されている。典型的な形といえ、規模の大きな三共が主導権を握った事がうかがえる。

 図1の通り、両社の過去5期の業績は安定しており、統合が必要な喫緊の課題はないように見受けられる。では両社がなぜ統合したのか。統合についてはさまざまな理由があるが、①アステラス製薬といったライバルの動向、②将来の海外展開の基盤、③研究開発費の確保のため、規模を大きくすることが、両社のマネジメントの課題であったと推察する。また、06年会社法改正で、株式交換等のスキームにより外資系製薬会社が国内製薬会社を買収しやすくなったことも、規模の確保が必要になった一つの要因と想像できる。経営統合当時、アステラス製薬(06年3月期売上高8793億円)を抜いて武田薬品工業(06年3月期売上高1兆2122億円)に次ぐ国内第2位の製薬会社の誕生となった。

 また、経営統合の後、和光堂等医薬外の子会社の売却をはじめ、両社の子会社の整理が行われた。

有価証券報告書決算短信を元に制作)