サッポロブランドの創造・育成・浸透に固執する戦略の是非は?

 ロシアの南下政策への対抗策として1869(明治2)年に設置された開拓使で、外国人技師を招へいしてつくられた官営工場「開拓使麦酒醸造所」。そこで77年に本場ドイツで修業した日本人初のブラウマイスター中川清兵衛によって仕込まれた第1号商品冷製「札幌ビール」、それがサッポロホールディングス<2501>(以下、サッポロHD)の起源となる。

 87年前後には、中小の資本家によってさまざまなビール会社が設立され、サッポロビールの前身である「日本麦酒醸造会社」も三井物産会社の資本参加により醸造所の建設と製造を始め、90年に「恵比寿ビール」を発売した。

 1901(明治34)年に麦酒税法が施行され中小醸造業者が撤退する中、市場シェア70%を超える札幌麦酒・日本麦酒・大阪麦酒の3社合同による大日本麦酒が誕生し、大正・昭和とビールの需要が伸びていく過程で、醸造技術、原料の品種改良などの役割を果たした。戦後の49年に大日本麦酒は、過度経済力集中排除法の適用を受け、日本麦酒と朝日麦酒の2社に分割され、日本麦酒が『サッポロ』『ヱビス』の商標を継承し、その後サッポロビールへ商号変更した。

 現在のサッポロHDは、「国内酒類事業」「国際事業」「食品・飲料事業」「外食事業」「不動産事業」の5つの事業セグメントを持ち、『「新しいNo.1」となる商品やサービスの創造と提供を積み重ね、 世界各地で、お客様の豊かな生活のためになくてはならない企業になる』ことを目指して事業を行っている。

 ここで、サッポロHDのM&Aの歴史を見てみよう。

■サッポロHDが行った主なM&A(グループ内再編含む)

年月 内容
1974.12 丸勝葡萄酒(現サッポロワイン)の全株式を取得(現連結子会社)
2004.11 札幌ホテルエンタプライズ(ウェスティンホテル東京運営会社)を譲渡
2006.4 焼酎事業を営業譲受によって取得
2006.1 カナダ(ゲルフ)のSLEEMAN BREWERIES LTD.の株式を取得し子会社化(現連結子会社)
2010.3 ベトナム(ロンアン)のSAPPORO VIETNAM LTD.の株式を取得し子会社化(現連結子会社)
2011.3 ポッカコーポレーションの株式を取得し子会社化
2013.1 ポッカサッポロフード&ビバレッジ㈱が札幌飲料及びポッカコーポレーションを消滅会社とする吸収合併を実施

 上記表を見て分かるように、1876年の北海道開拓使麦酒醸造所設立から140年近く経つが、M&Aの実績は少ない。2007年10月に公表された「サッポログループ新経営構想」においても、グループ戦略として「戦略的提携の実施」は明言しているものの、M&Aを戦略として掲げていない。国内の他ビール事業会社が、国内の人口減少の危機感から、また、ABインベブや世界の巨大ビール会社と伍して戦うために、国内海外問わず大型M&Aを繰り返す中で、サッポロHDのこうした立ち位置は、他社と一線を画しているように映る。

 では、少ないながらもサッポロHDはどのような戦略・背景の下M&Aを行ってきたのか。06年のカナダ(ゲルフ)のSLEEMAN BREWERIES LTD.株式の取得、10年のベトナム(ロンアン)のSAPPORO VIETNAM LTD.株式を取得2つのM&A当時のプレスリリースを見てみよう。

 (以下サッポロHDリリースより引用)