このシナリオを検討するにあたり、まずはシナリオ①同様、創業家の拒否権確保にどの程度の資金が必要かを試算してみます。
創業家グループを創業家関係者及び従業員持ち株会、自己株式として持ち株数を集計すると、創業家グループの持ち株数は以下の通りです。
図表2 創業家グループの持ち株数
保有者 | 株数 |
---|---|
Descente & Ishimoto Memorial Found | 1,652,000 株 |
石本 和之 | 1,600,000 株 |
石本 雅敏 | 932,000 株 |
自己株式 | 1,515,680 株 |
従業員持ち株会 | 1,434,000 株 |
合計 | 7,133,680 株 |
(Bloombergに基づく)
次に、この株数を基に、拒否権確保に必要な資金を算出してみます。
図表3 拒否権(1/3)確保に必要な資金
発行済株式 | 76,924,176 株 |
1/3超 | 25,641,393 株 |
単元未満切り上げ | 25,641,400 株 |
必要追加取得株式数 | 18,507,720 株 |
株価(11/2終値) | 2,732 株/円 |
想定プレミアム | 25% |
必要資金 | 63,204 百万円 |
伊藤忠商事による過半数確保に必要な資金よりもさらに多額の資金が必要となる見込みです。
では、ホワイトナイトの最右翼と目されているワコールHDにそれだけの資金を確保できるかどうか確認してみましょう。
10月31日公表の決算短信によると、ワコールHDの連結現預金残高は29,436百万円です。売掛金・棚卸資産を控除し、仕入債務を加算すると▲25,877百万円となり、余剰資金はないと考えられます。ホワイトナイト投資のために資金調達を行うとは考えにくいので、ワコールHDがホワイトナイトとなる可能性はほぼないと考えられます。
可能性があるとすれば、ファンドが資金を投下してMBOを行うケースと考えられますが、そうすると伊藤忠の持ち分を含めた全株式の取得となると考えられ、必要資金は11月2日の時価総額だけで210,156百万円に及び、手がけることのできるファンドも限られる中、現状の利益水準ではなかなか難しいと考えられます。
以上より、「ファンドがMBOを行う」というシナリオもほぼないと考えられます。
そうすると、残念ながらもっとも蓋然性が高いのはシナリオ③の「このまま膠着状態が持続する」というものではないかと考えられます。
逆に言うと、8月末のワコールとの提携公表直前に2,198円だった株価がやや急ピッチに上昇を続けて2,732円まで上昇した背景に、TOBへの期待があるとすれば、それはかなり割高の水準であり、空売りのチャンスといえるのではないでしょうか。
文:巽 震二(マーケットアナリスト)
フリーランスマーケットアナリスト。
証券アナリストとして大手証券会社調査部勤務後、専業個人投資家に転身。
アベノミクスの波に乗って2015年、目標資産残高を達成し、トレーディングもめでたく卒業。
現在はフリーランスマーケットアナリストとして活動中。本連載はペンネームで寄稿している。