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【国際石油開発帝石】石油価格下落、脱炭素化で「生き残る」方法

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国内資源の帝国石油、海外資源の国際石油開発

すでに太平洋戦争が開戦していたこともあり、軍用石油を確保するために国策で1942年には帝国石油が日本石油(現・JXTGエネルギー)、日本鉱業(現・JX石油開発)、中野興業、旭石油(現・昭和シェル石油<5002>)の石油鉱業部門を統合。1943年に太平洋石油、大日本石油鉱業を、1944年には北樺太石油会社を相次いで合併するなど、戦況の悪化で石油供給が圧迫される中で石油上流部門の国策M&Aが進んだ。

帝国石油の統合した会社が国内油田・ガス田を開発していたこともあり、戦後も1949年に秋田市で八橋油田を発見、1960年に千葉県山武市で南関東ガス田(成東ガス田)の水溶性ガス開発を始めている。1962年には新潟~東京間で国内初の長距離高圧天然ガス輸送パイプライン(東京ライン)を完成させるなど、国内での資源開発とエネルギー輸送に力を入れてきた。

八橋油田
帝国石油が戦後に開発した八橋油田(同社ホームページより)

国際石油開発帝石のもう一方の前身である国際石油開発は、1966年に北スマトラ海洋石油資源開発としてスタートした。北スマトラ海洋石油資源開発は、1955年に石油資源開発株式会社法に基づいて設立された半官半民企業の石油資源開発の子会社的な存在だったという。奇しくも後に競合会社となる石油資源開発の影響下にあった企業が、国際石油開発帝石の源流の一つだったのだ。

1967年に北スマトラ海洋石油資源開発からインドネシア石油資源開発に社名変更し、米仏などの企業と共同で油田開発を進める。1973年にはナショナルプロジェクトとしてジャパン石油開発(JODCO)を設立し、アラブ首長国連邦ADMA鉱区の権益取得に成功した。

1998年にカザフスタン・北カスピ海沖合鉱区、オーストラリア・WA-285-P鉱区、インドネシア・マセラ鉱区の権益を取得。2000年にはカザフスタンのカシャガン油田、豪イクシスガス・コンデンセート田、インドネシアのアバディガス田を発見するなど、帝国石油とは対照的に海外での石油・天然ガス資源開拓を進めた。2001年には石油資源開発が全世界に広がったことから、社名を国際石油開発に変更する。

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