2019年3月18日、シュレッダー国内最大手の明光商会が、4月26日付で買収されることが明らかになった。投資会社のジャパン・インダストリアル・ソリューションズの運営するファンドが、明光商会の発行済み株式99.79%を65億700万円で売却する。明光商会は1960年に日本初のシュレッダーを開発したことで知られ、企業の情報セキュリティー意識の高まりと合わせて販売を伸ばしてきた。

前身は九州の炭鉱だった

その明光商会を買収したのが、三井松島ホールディングス(HD)<1518>。「三井」を冠しているから三井系の企業であることは容易に想像できるが、何をやっている会社なのか?社名からは、うかがい知ることはできない。そもそも社名で三井に続く「松島」とは何を意味するのか?

三井松島HDは福岡市中央区に本社を置く、東証一部上場企業だ(福岡証券取引所にも上場)。100年以上前の1913年(大正2年)に松島炭鉱(長崎県西海市)を開発するため、三井鉱山と古賀鉱業の共同出資で「松島炭鉱株式会社」として発足した。社名の「松島」は創業時の社名に由来する。

操業の地となった松島炭鉱(同社ホームページより)

松島は九州本土の西彼杵半島から、わずか1kmしか離れていない。同社の創業で島の炭鉱開発が進み、まもなく島の人口は1万3000人に達する。ところが創業から21年後の1934年に、炭鉱労働者54人が死亡する落盤事故が発生して閉山に。やむなく同社は1935年に松島の北に浮かぶ大島(同)で、三井鉱山から大島炭鉱の持分を買収して本格的な開発に乗り出す。1938年には良質な炭層が発見され、1970年の閉山までに約1500万トンの石炭を産出した。

戦後の経済復興で石炭需要は高まり、同社は1952年に西彼杵半島の西沖合約7kmの池島(長崎市)で海底炭田の採掘に着手する。1959年には本格的に稼働し、良質な石炭を累計で4400万トンも産出した。しかし、海外から安価な石炭が輸入されるようになると採算が合わなくなり、池島炭鉱は2001年に閉山に追い込まれる。現在はトロッコ列車ツアーで鉱山跡を見学できる観光施設だ。

1990年代に入ると池島の操業は続いていたものの、国内炭鉱の将来性は厳しい状況となっていた。そこで同社は海外炭鉱の運営に着手。1990年に最初の海外法人三井松島オーストラリア社を設立し、翌1991年には豪リデル炭鉱に出資して対日販売権を取得した。