新日鉄住金<5401>は5月16日、2019年4月に社名を「日本製鉄」に変更すると発表した。1950年以来、69年ぶりに「日本製鉄」が復活する。新日鉄住金は2012年10月、新日本製鉄と住友金属工業が合併して発足したが、住友金属工業の略称として使われてきた「住金」の名前もついに消える。

合併・統合の末に、日本製鉄に回帰

「日本発祥の製鉄会社として、未来に向かい世界で成長を続ける企業にふさわしい、より包摂的で新たな商号に変更する」。社名変更に理由について新日鉄住金はこう説明する。「包摂」とは、「より大きな範囲に取り込む」といった意味。

新日鉄住金は世界的な鉄鋼メーカーとしてグローバルに活動している。国内にあっては2017年3月に日新製鋼<5481>を子会社化し、さらに2018年3月までに山陽特殊製鋼<5481>の子会社化を予定している。今回の社名変更は、「NIPPON STEEL」として世界に通用するブランド力を訴求すると同時に、グループ内の求心力を保持するうえで最適な社名が日本製鉄と判断したようだ。

その日本製鉄が誕生したのは1934年。官営八幡製鉄所を中核として、輪西製鉄、釜石鉱山、三菱製鉄、九州製鋼、富士製鋼の6社が合同し、オールジャパンの鉄鋼メーカーとしてスタートした。政府が株式の大半を保有し、「日本製鉄株式会社法」(日鉄法)という法律に基づく、文字通りの国策会社だった。

戦後の1950年、財閥解体の一環として日本製鉄は解体され、八幡製鉄と富士製鉄の2社が事業を継承した。この両社が再度、合併によって一つになったのが1970年。当時、「世紀の大合併」といわれたが、社名が日本製鉄に戻ることはなく、「新日本製鉄」となった。

以来、国内鉄鋼業界は新日鉄を“長男格”とし、長らく日本鋼管(NKK)、川崎製鉄、住友金属工業、神戸製鋼所の大手5社体制が続いた。この間も、業界内の同業者が新日鉄を指す呼び名といえば、「にってつ(日鉄)」が通り相場だった。八幡製鉄・富士製鉄時代を知る長老OBにとって、「日本製鉄」が名実ともに復活することは感慨も格別かもしれない。

新日鉄住金の主な沿革
1901 官営八幡製鉄所が操業
1934 日本製鉄が設立(官営八幡製鉄所など6社が合同)
1949 新扶桑金属工業が設立(1952年、住友金属工業に社名変更)
1950 日本製鉄が解体。八幡製鉄、富士製鉄が設立
1970 八幡製鉄、富士製鉄が合併し、新日本製鉄が誕生
2002 NKK、川崎製鉄が経営統合し、JFEホールディングスが誕生
2017 日新製鋼を子会社化
2019 (1月)日新製鋼を完全子会社化
 〃(3月)山陽特殊製鋼を子会社化(約15%の出資比率を51%超に)
 〃(4月)日本製鉄に社名変更