東京都民銀行、八千代銀行、新銀行東京の3行合併による「きらぼし銀行」が5月1日にスタートした。これに伴い、持ち株会社も従来の「東京TYフィナンシャルグループ」から「東京きらぼしフィナンシャルグループ」に社名を変更した。旧3行の共通項は「東京が地元」ということ。ただ、生い立ちをたどると、それぞれ意外な「過去」を持つ。

2014年に共同持ち株会社方式で経営統合

きらぼし銀行の本店(東京・南青山)

東京都民銀行と八千代銀行は2014年10月に共同持ち株会社方式で経営統合し、「東京TYフィナンシャルグループ」を設立した。その後、2016年4月に新銀行東京が合流し、持ち株会社の傘下に東京都民銀行、八千代銀行、新銀行東京の3行がぶらさがる形で運営してきた。グループ内ではかねて統合効果を最大限引き出すため、合併によるワンバンク(1行)化に移行する方針を打ち出していた。

旧3行は東京を地盤(神奈川県の一部を含む)とし、中小企業と個人を顧客基盤とする。しかし、グローバルに総合的な金融サービスを提供するメガバンクと地域密着の信用金庫・信用組合の狭間で、「東京の地銀」を標ぼうしながらも、埋没感が否めなかった。こうした中、地域金融機関として一定の役割を果たすには、規模と組織力の拡大が必要との判断だ。発足した「きらぼし銀行」の預金量は約4兆7000億円で、全国に約100行ある地銀中25位前後となる。その本店は東京・南青山にある旧東京都民銀行の本店に置かれた。

“アプレ地銀”の一つ、東京都民銀行

では、母体となった3行の沿革をながめてみよう。東京都民銀行の設立は1951年。戦後の不況期で中小企業は金融難に苦しんでいたころだ。石炭や鉄鋼の復興に重点を置いた傾斜生産方式による産業政策のもとで、資金が中小企業にまで回らなかった。そこで、都内の中小企業の金融難を緩和するため、東京都や東京商工会議所などの後押しで発足したのが「都民」と名の付く銀行だった。

戦後に誕生した銀行だったことから、当時の流行語だったアプレゲール(戦後派)にちなんで、“アプレ地銀”とも呼ばれたそうだ。1950年から1954年にかけて東京都民銀行と同様の目的で設立された“アプレ地銀”はほかに9行あった。

合併などで当初の銀行名と異なるところもあるが、北海道銀行(札幌市)、東北銀行(盛岡市)、筑波銀行(土浦市)、千葉興業銀行(千葉市)、武蔵野銀行(さいたま市)、富山銀行(富山県高岡市)、近畿大阪銀行(大阪市)、池田泉州銀行(同)、筑邦銀行(福岡県久留米市)がそれ。