日本製鉄による東京製綱に対する公開買付けの事例を通じて考える|取引先による株式保有の問題点

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日本製鉄が入るビル(東京・丸の内)

    1.はじめに

    去る2021年3月9日、日本製鉄株式会社(以下「日本製鉄」という。)による東京製綱株式会社(以下「東京製綱」という。)に対する敵対的公開買付け(以下「本公開買付け」という。)が成立した。

    東京製綱はワイヤロープ及びタイヤ用スチールコード等の製造販売等をその事業内容としている。日本製鉄は東京製綱株式の9.9%を保有する大株主であり、同社製品の原材料となる線材を供給している大口取引先であったが、本公開買付けで東京製綱の株式をトータルで19.9%取得したものである。

    本事案は、日本を代表する伝統的大企業である日本製鉄による敵対的買収であったこと、公開買付けに至った背景として対象者である東京製綱の業績不振及びコーポレートガバナンス不全が指摘されたこと、公開買付けにもかかわらず取得割合がトータルでわずか19.9%にとどまったことが注目された。

    日本製鉄と東京製綱との間では開示書類を通じていくつかの事項について主張・反論がなされたが、本稿では、開示資料で得られる情報をもとに、そのうち、①一般株主との利益相反、②事業会社である株主がガバナンスを問うこと、③19.9%という保有割合の3点について若干検討してみたい。

    2.日本製鉄は東京製綱の一般株主と利益相反する立場にあるか

    日本製鉄は、本公開買付けを行うに至った背景となる東京製綱とのこれまでの関係について、大要、東京製綱の主要製品の原料である線材を供給する母材メーカーとして、両社の協力関係に基づく「線材と加工技術との掛け合わせ」の深化を図ってきたことが、東京製綱の競争力の源泉となり、かつ、製品の安定供給に貢献し、事業成長を実現してきたと主張する。

    これに対して、東京製綱は、2月4日付反対意見プレスリリースにて、大要以下のとおり主張している。

    ①日本製鉄は、東京製綱の株主であると同時に鉄鋼線材サプライヤーの立場にある。かかるサプライヤーの立場との関係においては、東京製綱の企業価値の向上及び株主と利益相反する関係にある。

    ②東京製綱にとって、その製品の主材料である線材の購買自由度の確保が不可欠であるところ、日本製鉄からの線材購買量の比率は極めて高い状況にあり、本公開買付けによって日本製鉄の東京製綱への影響力がこれ以上強まると、購買先の選択のみならず、購買の価格、量などの購買条件の決定におけるイニシアティブが日本製鉄に事実上委ねられるおそれがあり、東京製綱の主たる事業である線材二次加工製品のコスト競争力及びBCPで重大な懸念が生じることになる。

    ③東京製綱は、中長期の成長戦略において鉄以外の新素材に重点を置いているのに対して、鉄及びその関連事業を主たる事業とする鉄鋼メーカーである日本製鉄とは相違する部分も多い。本公開買付けにより日本製鉄の影響力が強まると、東京製綱の中長期の成長戦略推進が阻害されることとなる結果、東京製綱の企業価値が毀損し、株主を含むステークホルダーの将来的な共同の利益を損なう事態を招来することになる。

    一般に、事業会社が取引先の株式を保有する目的は、取引関係の強化や業務提携関係の構築にある。典型的には完成品メーカーが取引上の影響力を強化するためにサプライヤーの株式を取得する例が見られるが、本件では逆にサプライヤーである日本製鉄が納入先である東京製綱の株式を取得した事案である。

    日本製鉄が主張するように株式取得を通じた資本業務提携により双方がWin-Winとなるようなシナジーが発揮できれば相互にとって望ましい。一方で、東京製綱の主張するように株式取得により鉄以外の新素材を重視する購買方針に悪影響が生じるのであれば、それは東京製綱の一般株主にとって利益相反が生じる可能性がある。

    いずれの見方・主張が正しいかの判断は難しく、株主に判断を委ねざるを得ない事柄であるが、少なくとも、このような事案が起きた場合の公開買付けの対象者としては、東京製綱のように意見表明によって大口取引先が大株主となることによる自社への影響を一般株主に対して十分に開示しておく必要があるだろう。

    3.事業会社株主が取引先のガバナンスを問う必要性はあるか

      日本製鉄は、本公開買付けの目的を「対象者(注:東京製綱)株式の追加取得を通じて対象者の企業価値向上へのコミットメントを高めつつ、対象者の企業価値を回復・向上させるために必要な対象者の経営体制及びガバナンス体制の再構築を促し、対象者の企業価値の回復・向上に寄与すること」とし、東京製綱のガバナンス上の課題について大要、下表左側記載の点を指摘している。

      その上でこのような「東京製綱の業績不振及び財務健全性の悪化を招いた現経営方針及び業績悪化に対し経営方針の見直しを促さない現ガバナンス体制のままでは、当社は東京製綱を信頼に足る事業パートナーとみなすことが難しく、共同研究開発を継続することに支障をきたしかねない」と主張している。

      これに対して、東京製綱は大要、下表右側のとおり反論している。

      日本製鉄の主張 東京製綱の主張

      前中期経営計画の未達、5期連続の減収、4期連続の減益という業績不振

      国際情勢や市場動向といった外部環境の変化を考慮しておらず不適当

      株価の面で株式市場からの厳しい評価

      日本製鉄による指数に基づく分析では個別努力の経営努力を測る主旨においては有用な方法ではない

      主要工場への財団抵当設定などの財務状況の悪化

      既存融資を取りまとめてシローンの手法で借り換えるに際し、担保を活用して利払いの負担を抑制したもの

      日本製鉄はこれまで東京製綱の取締役選任議案に反対票を投じてきたが改善が見られない

      日本製鉄は過去最高益を記録したときも反対票を投じており、業績に関わらず意に沿わない選任議案に反対してきたのではないか

      炭素繊維複合材ケーブル製品事業(CCFC事業)の不振

      CCFC事業は実績を積み重ねており、会計基準による減損をもって事業の失敗を意味するものではない

      代表取締役会長の在任期間が20年以上に及ぶ、
      社外取締役が取締役10名中2名にとどまる、
      多様性が不足しているなどのガバナンス体制の機能不全

      代表取締役は毎年株主の信任を得て選任されている、
      社外取締役2名は必ずしも少ないものではない、
      幅広い人材から登用している

      上記の日本製鉄の主張はあたかも機関投資家が発行体企業に対して求めるような要求といえる。機関投資家が発行体企業の業績不振やコーポレートガバナンス体制の不全について批判することはその役割からして期待されるところである。

      これに対して、事業会社である株主がこれらについて公に批判する本件は少なくとも現時点においては珍しい事案ではないか。

      たしかにサプライヤーである株主にとって納入先の業績が良好で、ガバナンス体制が適切であることは、今後の債権回収可能性や取引拡大にとって望ましいこととも言える。また、政策保有株式の価値が減損することは、上場企業として批判の対象となるものであるから、発行体企業の業績は無関係とまでは言えない。

      しかし、一般に多くの事業会社は株式を保有している自社の取引先に対してキャピタルゲイン及びインカムゲインを基本的に大きく期待していない(むしろ、本業に注力せず、株式その他の金融商品からのリターンを狙うことは上場企業である事業会社として望ましくないと考えられてきた。)。あくまでも、事業会社が取引先の株式を保有する目的は、株式保有により関係を強化し、取引からのリターンを得ること、ひいてはシナジーを得ることにある。

      その意味からすれば、日本製鉄の主張は理解できるものの、一般論かつ客観的に見れば、業績及びガバナンスの改善というよりは、東京製綱が懸念するように、株式取得により取引上の影響力を強めることの方が、事業会社である株主が持ちうる動機としては自然のように感じられる。

      なお、本公開買付け成立後の3月30日、日本製鉄が在任期間20年に及ぶことを批判していた東京製綱の代表取締役会長は、「中期経営計画の未達に対する経営責任を取る」ことを理由として任期満了をもって退任している。

      4.なぜ取得割合を19.9%にとどめたのか

        日本製鉄は、本公開買付けにおいて、これまでの保有分9.9%とあわせて合計19.9%の東京製綱株式を取得している。日本製鉄が東京製綱に対する持株割合を19.9%にとどめた理由として、「対象者株式の追加取得により対象者の企業価値向上へのコミットメントを可及的に高めるという目的を踏まえつつ、対象者を当社の持分法適用会社としないことで対象者における経営の独立性を維持」することとしている。

        これに対して、東京製綱は、19.9%という持株割合について、東京製綱を日本製鉄の持分法適用会社にしなければ、「当社業績に関する事業リスクが公開買付者の業績に反映されない状態を本公開買付け後も維持することができるため(当社の業績の悪化が公開買付者の業績に反映されないため)、当社の企業価値及び株主共同の利益よりも、サプライヤーとしての公開買付者の利益を追求する恐れが将来に渡って継続する」こととなると批判している。

        本件のように、取得割合を20%未満にとどめて持分法適用会社にせず、対象者の経営成績を自社グループのそれに影響させないようにするニーズは相当程度あるものと理解している。また、一般的な事前警告型買収防衛策の手続が適用されるトリガーは20%以上の株式取得とされており、仮に東京製綱が事前警告型買収防衛策を採用していたとしても、日本製鉄による本公開買付けには適用されない(すなわち、取締役会評価のプロセスに乗ることを強制し、プロセス違反があるときは対抗措置を発動することができない)ことになる。

        もっとも、東京製綱の有価証券報告書を見る限り、同社の株主構成には日本製鉄に匹敵する大株主はおらず、比較的分散しており、日本製鉄が持株割合19.9%を保有する筆頭株主となれば、東京製綱の懸念するように取引関係について相当程度の影響力を持つ可能性がある。その意味では、日本製鉄は支配権を獲得せず、自社グループの業績にも影響を与えない範囲で絶妙な持株割合の取得を狙ったものと言える。

        5.最後に

          本件は、重要なステークホルダーである取引先に株式を保有されることの問題点について考えさせられる事案といえる。

          資本業務提携などの名目で事業会社が他の事業会社のマイノリティ持分を取得する事例は頻繁に見られるが、特に株式を保有される側の企業としては、関係強化により得られるシナジーの有無、内容、程度を慎重に検証することはもちろん、特定の取引先が影響力を持つことによる一般株主への悪影響の有無を十分に検討する必要があるだろう。

          文:柴田堅太郎(柴田・鈴木・中田法律事務所 弁護士)

          柴田 堅太郎 (しばた・けんたろう)

          所属弁護士会
          第一東京弁護士会・2001年登録(司法修習54期)
          ニューヨーク州弁護士・2007年登録

          取扱分野
          M&A、組織再編、ジョイントベンチャー、ベンチャーファイナンス、コーポレートガバナンス、 敵対的買収防衛、株主総会指導、企業の支配権獲得紛争などのコーポレート案件、コンプライアンス、労務問題、企業法務全般

          柴田・鈴木・中田法律事務所 HP
          http://www.ssn-law.jp/


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