本シリーズでは、M&Aの主幹部門が、ディールの効率・確度を上げるために、法務・知財部門とどのように協力すればよいのかをわかりやすく解説していく。今回は、知財部門とのソーシング(案件発掘)やプレDD(資産査定)の協力がディールの実効性を上げるのに寄与することについて述べる。
今回は、連載の第1回で触れたIPランドスケープについて深掘りする。IPランドスケープとは市場情報、製品のリリース情報、知財(特許)情報、論文情報、対象企業について有価証券報告書等の公開されている情報をミックスして分析し、経営戦略策定の参考とする手法である。
ここで使う特許情報とは、特許庁より特許(公開)公報として公開されるビッグデータである。特許情報より、どの企業がどの分野の事業に参入しているか(関心があるか)、どういった開発に投資しているのかがわかる。この手法の利点は、買収候補企業を戦略的にソーシングできるところや、M&AでのDDが本格化する前、対象企業からの情報開示がまだなく、FA(ファイナンシャル・アドバイザー)や弁護士などがまだ本格的に入っておらず、従ってサンクスコストがかからないうちに、対象企業の価値や自社とのシナジーの評価ができ、go or no-goの判断ができるところにある。
今後の企業の成長戦略を立てる上で計画する事業に足りないリソースがあった場合に、今から自前で開発すると時間がかかり過ぎ、事業の成功の確度からも先行している企業を買収した方がよいとの判断になれば、ソーシング、すなわち、買収対象企業を探し出すことになる。
自らのネットワークを使って探すこともあるが、IPランドスケープを使うと、能動的に且つ高い精度で欲しいスペックのある企業を探すことができる。
特許公報には製品・サービスのカテゴリーや細かい技術観点まで技術分類が振られている。欲しいスペックの技術分類やキーワードを組み合わせて、どの企業が足りないリソースを持っているのかを探索するのである。抽出した企業群についてプレDDとして候補企業を比較することで、どの企業に優位性があるのかを精度を上げて評価し、スピーディーに買収の動きができる。ネットワークを使っての検討よりも、対象企業の範囲が広がり、より戦略的に対象企業を探し、早い段階でのDDを行い、M&Aを効率的に進めることができ、成功確度が上がるのである。
プレDDについて、もう少し詳しく述べていく。IPランドスケープでも3C分析を行っていく。市場(Customer)は市場情報と特許情報等から、競合(Competitor)は市場情報、特許情報、有価証券報告書等から、自社(Company)も特許情報等から客観的に評価し、対象企業との技術シナジーを見ることができる。
まず、市場観点の分析について述べる。市場観点では、市場情報からは市場規模や市場成長率、顧客情報等を確認するが、特許情報からも、どのような企業が、当該製品・サービスに関心を持っているかを見ることにより顧客を確認することができる。更に、特許情報には、「課題」の欄がある。ここから、顧客にどのようなニーズがあるのかを知ることができる。対象企業が顧客のニーズに合った製品・サービスを提供できるのであれば、候補として残る。IPランドスケープが優れている点は、市場情報に現れていない顧客のニーズを把握できることにある。
次に、競合観点の分析について述べる。市場情報から、どのような企業が参入しているのかを確認し、特許情報からも、どの企業が対象としている分野で開発を行い、参入又は潜在的に参入しようとしているのかを確認して、技術の評価も行う。特許は1年半の未公開期間があるものの事業に先行して出願されるので、特許情報は、市場情報では見えない潜在的なプレーヤーを見られる可能性がある。
M&AのDDの場合、競合分析は、そのまま買収対象企業群の比較評価となる。更に、実際の製品リリース情報や有価証券報告書等からの財務データも合わせて評価していく。また、買収対象にしなかった企業は、今後どのような脅威となり得るのかの観点で予測を行う。
最後に自社観点の分析について述べる。特許情報等から、自社がどのような技術を保有しているのかを確認し、対象企業の保有している技術が自社の足りない技術を埋め合わせるのか、シナジーを出すことができるのかを見ることができる。
このように、IPランドスケープの手法を活用することにより、早期の段階でスピーディーに自社に必要なリソースを持ち優位性のある企業を戦略的に探索、評価し、M&Aを有利に進めることができるのである。
文:MAVIS PARTNERS アソシエイト 竹森 久美子
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