「中小M&Aガイドライン」に見るこれからの中小企業M&A実務のあり方

経済産業省(中小企業庁)は、2020年3月31日、「事業引継ぎガイドライン」(2015年3月策定)を全面改訂した「中小M&Aガイドライン -第三者への円滑な事業引継ぎに向けて-」(以下「本ガイドライン」という。)を公表した。

本稿では、全2回にわたって本ガイドラインの中で特に印象的だった箇所を紹介、法律実務家の立場からコメントを加えてみたい。前稿はこちら

第2章「支援機関向けの基本事項」

(1)中小M&Aガイドラインの位置づけ

本ガイドラインは法的拘束力があるものではない。もっとも、「事業引継ぎ支援センター」の登録機関(センターの相談案件のうち、民間で対応可能な案件を対応する機関。地域金融機関(280機関)や、仲介業者等(216機関)が登録されている。)に遵守を義務付けるほか、その他の中小M&A支援に関わる幅広い機関にも遵守を求めるとされている(概要資料2頁)。このように事業引継ぎ支援センター登録の維持というかたちで本ガイドラインのエンフォースメントを維持する設計のようであるが、この方法でどこまで実効性を確保できるかが今後の課題となってくるであろう。

(2)依頼者利益の最大化

以下のくだり(50頁)は、支援機関の行動指針となる本ガイドライン第2章において中核とも言えるものである(下線は筆者による。本ガイドラインの引用箇所について以下同じ。)。

多くの中小企業は、M&Aについての専門知識を有しないため、仮に中小M&Aに関心があるとしても、具体的にどのように行動すれば良いか分からず、結局そのまま中小M&Aを断念してしまうことがある。中小M&Aについての専門知識を有する支援機関は、そのような中小企業の意思決定やその後の諸手続の段階において適正なサポートを行うことにより、我が国における中小M&Aの促進に資する役割が期待される。

依頼者(顧客)である中小企業が、支援機関の専門的な業務や手数料の妥当性等について、一般的には適切に判断することが困難である現状を踏まえて、依頼者(顧客)の利益に真に忠実に動くことが求められる点を改めて認識する必要がある。特に、仲介者・FA や士業等専門家は、中小M&Aの手続の各段階で、重要な判断を依頼者(顧客)に求める場合には、十分に説明して納得を得た上で進める必要がある。

本ガイドラインは、支援機関に対して、中小企業との情報の非対称性に基づき消費者法的な配慮を求めたものといえる。従来、M&A取引は事業者間の契約であり、たとえ一方当事者が中小企業経営者という個人であっても、消費者契約法の適用がないことが大前提ということが関係者の共通認識でなかったかと思われる。そのため、このような中小企業に対する消費者法的な配慮要請が公に述べられたことは、初めてではないか。

このような指針を設けることとなった背景の一つには、「M&A専門業者については、許可制・免許制等は採用されておらず、業界全体における一般的な法規制も存在していない」こと、「支援経験や知見の乏しいM&A専門業者等の場合には、適切に業務を進められないおそれがある」こと(52頁)にも起因するように思われる。

とりわけ近年はM&A仲介事業者の新規参入が増えていると認識しており、悪質な事業者又は実務経験の乏しい事業者によりM&Aを検討する中小企業側の利益を害する事態が拡大するおそれも否定できないため、本ガイドラインのような動きは望ましいことと言えるだろう。

(3)M&A専門業者の行動指針

①各工程の具体的な行動指針

仲介契約締結、バリュエーション、マッチング、交渉、DD、最終契約締結等の各プロセスでのM&A専門業者(仲介者及びFA)の行動指針について提言されているところ(53頁以下)、大要以下のようにM&A専門業者に相談者又は依頼者に説明を求めている。

・意思決定の場面において、当該中小M&Aにおいて想定される重要なメリット・デメリット
・仲介契約・FA契約の締結の場面において、契約内容に係る重要事項の説明
・バリュエーション実施の場面において、評価の手法、前提条件、当該評価の手法や価格帯が唯一のものではないこと、当該評価の手法や価格帯が適切である理由等についての説明
・交渉の場面において、中小M&Aの全体像や今後の流れの説明
・最終契約締結場面において、契約内容に漏れがないよう依頼者に対して再度の確認を促す

(1)で前述のとおり本ガイドラインは法的拘束力を有するものではない。しかし、かつてMBO指針(現在の「公正なM&Aの在り方に関する指針」)がそうであったように、法的拘束力のない「ソフトロー」であったとしても、個別具体的な紛争(中小企業M&Aの場面においては依頼者である中小企業経営者と仲介事業者等の支援機関との紛争)が発生した場合に、裁判所が支援機関の行動指針として本ガイドラインを援用し、結果として支援機関の説明義務の存在と説明義務違反を認定する可能性は否定できないのではないか。

証券会社等の金融機関や弁護士、公認会計士等の専門職業人であれば、従来からも(個別具体的な場面は格別、一般論としては)法的にも説明義務が認められているが、このような説明義務が課せられていると考えられていなかった仲介者・証券会社を除くFAにも以上のような説明が求められているところに大きな意義があるといえる。

②仲介者の中立性・公平性

本ガイドラインでは、仲介者に中立性・公平性が求められている(53、55頁)。仲介者は「譲り渡し側・譲り受け側の双方が依頼者となる」ため、利益相反の問題があることから、この考え方は一応理解できる。もっとも、ここでいう中立性・公平性とはどの程度のレベルのものを言うのか必ずしも明らかではない。中立性・公平性の要請を突き詰めるのであれば、仲介者は独立した第三者の立場から、あるM&Aが当事者にとって望ましくないのであれば、当該M&Aの中止を推奨することも必要となるという帰結となりうる[1]。

*[1]これに対して、FAは一方当事者の利益のために行動することが求められているから、当該取引が当該当事者の利益に資さないと判断すれば取引中止を働きかけるべきことは自明である。

しかし、仲介者はそもそも取引成立に向けて尽力する存在のはずであるから、このような厳格な意味での「中立性・公平性」までは求めることは少なくとも現時点においては現実的でないようにも思われる。

「仲介者が片方当事者(特に、リピーターになり得る譲り受け側)の利益を優先して取引をまとめるように動く動機があるという構造的な問題」という指摘(57頁)に鑑みれば、ここでいう中立性・公平性とは、少なくとも一方当事者に不合理に与するようなことがないように行動することを求める程度の趣旨であろうか[2]。

*[2]なお、仲介者の利益相反のリスクに配慮した実務上の取組みとしては、譲り渡し側と譲り受け側とで仲介者内部の担当者を分ける事例がある。