仙台国際空港は、宮城県名取市と岩沼市とにまたがる東北で唯一の国管理空港。国管理空港とは、東京国際空港のほかは政令で定められ、政令指定の空港は排水施設や照明、道路、駐車場などの附帯施設の全額を国が負担し、滑走路、誘導路、着陸帯などの基本施設は3分の2を国が、3分の1を地方公共団体が負担するかたちで設立される。その数は全国に20か所ほどだ。

仙台国際空港ホームページにある「仙台国際空港の歴史」をもとに、その発展と転機を少しだけ振り返っておきたい。

ヒコーキ野郎の粋と茶目っ気

仙台国際空港は1956年にGHQから返還された矢ノ目飛行場が翌1957年に仙台飛行場として開港したことに端を発する。その後、1964年に仙台空港と改称し、東北の空の玄関口となった。

1960年代に滑走路やターミナルビルを新設、1969年には東京便を就航し、1972年にはジェット機が飛ぶようになった。1982年には、地元物産の直売コーナーをオープンする。国内便の就航の歴史を振り返ると、「ジェット機だ、東京だ、産直コーナーだ」という純朴な表現は、現在の熾烈極める航空業界にあって、えも言われぬ微笑ましさを感じさせる。

仙台空港の国際化が進んだのは1986年に滑走路の延長を決め、1990年にソウル便・グアム便が就航してからだ。東北初の国際空港として、1997年には新旅客ターミナルを開業、インターナショナルな空の玄関口となった。新旅客ターミナルビルは、空港施設として日本で初めてハートビル法に定めるバリアフリー基準、交通バリアフリー法が認定する特定建築物だったという。

その後、2000年代に入り、仙台空港アクセス鉄道「仙台空港線」(2007年)、屋上展望デッキ「スマイルテラス」(2010年)、エアポートミュージアム「とぶっちゃ」(2010年)などの空港関連施設を開設……と、ここでも“素晴らしきヒコーキ野郎”たちの、えも言われぬ粋と茶目っ気を感じる。