シティホテルやリゾートホテルなど、街中はもちろん旅先でも何気なく目にしているホテル。ラウンジでお茶をしたり宿泊をしたりと利用することはあっても、どこの会社がその運営に関わっているかはあまり考えることもないだろう。そこで、ちょっと意外な会社が経営しているホテル、意外なオーナー変遷を経ているホテルを紹介する。ビジネストークでのちょっとしたトリビアとして話のタネに活用してみては?

<6>モアナサーフライダー ウェスティン リゾート&スパ

モアナサーフライダー ウェスティン リゾート&スパは、ハワイ・ワイキキで100年以上の歴史をもつ最古のホテル。1901年にワイキキビーチ一帯の地主だったウォルター・ピーコックが自身の別荘地に「モアナ・ホテル」として開業し、各客室には浴室と電話、ホテルにはハワイ初の電動エレベーターや製氷機があるなど、当時としては画期的な設備が整ったホテルとして一躍有名になった。1905年には、ホノルルの実業家アレキサンダー・ヤングにホテルを売却。1910年にヤングが亡くなった後も、彼の会社テリトリアル・ホテル・カンパニーによる運営は続いた。1920年代に入ると、海運会社のマトソン・ナビゲーション・カンパニーの豪華客船の影響でハワイは人気の観光地に。そして、世界恐慌でテリトリアル・ホテル・カンパニーが破産すると、1932年にホテルはマトソン・ナビゲーション・カンパニーの手に渡った。第二次世界大戦時には、ホテルは軍人や防衛部隊の人たちで溢れることがしばしばあったものの、軍に接収されることなくホテルとしての営業を続けたという。

その後、1959 年にはシェラトン傘下に。1963年には日本人実業家の小佐野賢治率いる国際興業の子会社、京やカンパニー(現・京屋ホテル&リゾート LP)に買収された。ちなみに、京やカンパニーは、「ピンク・パレス」の愛称を持つロイヤルハワイアンホテルも同時に獲得している。日本企業がハワイのホテルやゴルフ場を買い漁っていたころだ。ホテルのオーナーは京やカンパニーとなったが、運営は引き続きシェラトンに任されていた。1989年には5千万ドルをかけた大規模な改装を経て、古きよき時代の面影を残した「シェラトン・モアナ・サーフライダー」として生まれ変わった。その後、ホテルは国の歴史的建造物にも指定され、世界的な賞の数々を受賞した。