転機は突然に……

仙台空港は米空軍や海兵隊、日本の自衛隊による「トモダチ作戦」の拠点に(RyuSeungil/iSrock)

だが、転機は突然訪れた。2011年3月11日の東日本大震災。ターミナルビルには1,500人ほどの近隣住民、旅客、空港関係者らが避難した。避難所となったターミナルビルの1Fには、津波とともに自動車や瓦礫も押し寄せ、ビルをぶち抜いていった。小型機やヘリコプター計67機も損傷し、貨物ターミナルも全焼。空港は壊滅的な打撃を被った。

震災直後から、仙台空港は米空軍や海兵隊、日本の自衛隊による「トモダチ作戦」(日米合同救援活動)の拠点となった。だが、崩壊した建物、散乱したクルマや瓦礫に、「空港の再開は半年、1年はかかるのではないか」と塞ぐ空港関係者もいた。無惨に壊れた自動車、堆く積もった瓦礫、さらに遺体も横たわっている眼前の惨状。その痛ましい光景に向けた眼差しは、そのまま呆然と、浅春の仙台の空を見上げるしかなかったのかもしれない。

ところが、である。震災からわずか1か月後の2011年4月、仙台国際空港は臨時便を運航し、暫定運用に漕ぎ着けた。2011年7月には国内定期便が再開始、9月には国際定期便を再開、2012年7月には全路線を復旧させたのである。