師走の声を聞くと、一段と慌ただしくなるのが東京上野・御徒町のアメ横商店街。菓子の現金問屋・二木の菓子は、そのアメ横の中心的な存在として店を構えている。

「ニキ、ニキ、ニキ、ニキ、仁木の菓子!」。初代林家三平に始まって、弟子の林家こん平、長男の林家こぶ平(9代目林家正蔵)、次男で2代目の林家三平(元・いっ平)ら林家一門がCMを引き継いでいる二木の菓子。正式な社名は1956年に改称した株式会社二木である。

一方、「ちょっと似てるかな? ……似てなくもないな」と思えるようなCMが、林家こぶ平(9代目林家正蔵)が演じる「スウィング、スウィング、スウィング、スウィング、二木ゴルフ!」のCM、株式会社二木ゴルフである。

実は二木ゴルフは二木の菓子の子会社としてスタートした。株式会社二木は非上場であり、二木ゴルフはいわゆる連結対象の子会社といったものではなく、その意味では“関連会社”と称したほうがよいのかもしれない(二木の菓子のホームページにも、関連会社として紹介されている)。そのことを前提に、創業70年を超える菓子の小売・現金問屋の老舗が、なぜゴルフ用品小売に進出し、チェーン店を経営するようになったのかを見ていく。

創業者が長男に命じた「この時流に乗るべし!」

株式会社二木のホームページによると、二木の菓子の創業は1947年。創業者の二木源治氏が東京・板橋区に二木食品工業所と名づけて『おこし』『バクダンあられ』『かりん糖』などを製造し、量り売りなどを始めた。当時は行商がメインだったようだが、その後、1949年に東京・御徒町のアメ横に店を構える(第一営業所)。その頃、菓子の製造は中止し、販売に業態転換を果たした。そのアメ横にある第一営業所が、二木の菓子の現金問屋としてのスタートだった。

現金問屋二木の菓子は商売を拡大し、1956年、アメ横に第二営業所を開設した。そして1973年、ゴルフ事業部を設立した。

1973年頃、日本は猛烈なゴルフブームを迎えていた。日本ゴルフコース設計者協会の調べによると、当時はゴルフ場の開発ブームが起こり、1973年からの5年間に653コースが開場したという。1972年までは669コースであったから、その5年間で約2倍に急増したことになる。

そのような状況のなかで、二木の菓子創業者の源治氏は、その後を予想してもレジャー、特にゴルフに成長性があることを感じていたようだ。このことから、「時流に乗るべし!」と源治氏の長男である二木一夫氏にゴルフ用品販売店事業の立ち上げを命じたのである。