シティホテルやリゾートホテルなど、街中はもちろん旅先でも何気なく目にしているホテル。ラウンジでお茶をしたり宿泊をしたりと利用することはあっても、どこの会社がその運営に関わっているかはあまり考えることもないだろう。そこで、ちょっと意外な会社が経営しているホテル、意外なオーナー変遷を経ているホテルを紹介する。ビジネストークでのちょっとしたトリビアとして話のタネに活用してみては?

<3>ホテル業界、お台場戦線に異状あり

前回、「ホテル日航」や「ホテルJALシティ」を例に、ホテル業界での所有、経営、運営の分離について取り上げた。運営元が変わることでホテル名が変わることも多々あると紹介したが、その中でも注目したいのが「グランドニッコー東京 台場」と「ヒルトン東京お台場」だ。
この2つのホテルがお台場にできたのは、バブル期に打ち出された世界都市博覧会開催計画のもと、臨海部の開発の一環として東京都がさまざまな企業を誘致した背景がある。まずは、それぞれのホテルの変遷を簡潔に辿ってみよう。

ヒルトン東京お台場

東京都の誘致により、日本航空などが出資する東京ヒューマニアエンタプライズ株式会社が「ヒルトン東京お台場」の前身である「ホテル日航東京」の建設を進めていた。しかし、開発計画半ばにして、青島幸男元都知事が世界都市博覧会の開催を中止。世界都市博覧会の開催は頓挫したものの、予定通り1996年3月に日本航空傘下のJALホテルズの運営でオープンした。とはいえ、やはり不況の波は厳しく、2004年2月に東京ヒューマニアエンタプライズは経営破綻に。民事再生法による再建後、米大手不動産ファンドのエートス・キャピタル、米ヘッジファンド運用会社のエリオット・マネジメントと、ホテルの所有・経営者が変わっていった。その間も運営はJALホテルズ(2010年よりホテルオークラ傘下)に委託されていたが、2015年3月にエリオット・マネジメントから見限られ、運営権はヒルトン・ワールドワイドへと渡ってしまう。こうして、JALブランドの冠は消え、現在のホテル名である「ヒルトン東京お台場」となった。

「ヒルトン東京お台場」公式サイト