TOB公表後に株価が上昇したドコモ株

2020年9月28日23時59分、日本経済新聞がウェブサイトでNTTドコモ<9537>に対して親会社のNTT<9432>が買収総額4兆円規模のTOBを行い、完全子会社化すると報道しました。翌29日、NTTは、正式にTOBの開始を発表し、提示価格を3,900円/株と公表しました。

TOB公表直前の28日15時の東証におけるドコモの終値は2,775円/株でしたが、TOB正式公表後株価はTOB価格に向けて一気に上昇し、10月2日の終値は3,878円/株となりました。

さて、この3,900円というTOB価格は、果たして安いのでしょうか、高いのでしょうか。「直近のTOB市場」と「類似会社との比較」という2つの視点で分析してみたいと思います。

ドコモ株のTOBプレミアム

3,900円というTOB価格の、直前終値、直近1か月平均、直近3か月平均、直近6か月平均に対するプレミアムを算出すると以下の通り、40~29%となります。

〇図表1 ドコモ株に対するTOBプレミアム

図表1 ドコモ株に対するTOBプレミアム

*当社親会社である日本電信電話株式会社による当社株式等に対する公開買付けに係る賛同の意見表明及び応募推奨に関するお知らせ

これに対して、TOB市場の平均を見ると、日本の近時のTOB事例の直前3か月平均株価に対するポジティブプレミアムの平均は2020年第2四半期48.88%、同年第1四半期の平均は36.84%(M&A Online編集部調べ)です。

〇図表2 直近TOB事例のポジティブプレミアム(ディスカウントTOBを除く)

2020年第1四半期36.84%
2020年第2四半期48.88%

ドコモのケースでは、直前3か月平均に対しては32.6%になりますので、すでに66.21%を支配している子会社の買収とはいえ、スクィーズアウトを伴うTOBのプレミアムとしてはやや物足りない水準といえます。

予想PERは20倍

一方で、純粋な株価として3,900円を考えたとき、果たしてこの価格は高いのでしょうか、安いのでしょうか。

まず、ドコモと同様な日本国内で携帯電話キャリア事業を運営するKDDI<9433>及びソフトバンク<9434>と、また、TOB主体である親会社のNTT<9432>と、決算短信公表業績予想ベースのPERを比較してみたいと思います。

図表3 類似会社とのPER比較

図表3 類似会社とのPER比較

*注1(NTTドコモ)予想EPSは2021年3月期第1四半期短信における公表値。株価はTOB価格。
*注2(KDDI)予想EPSは2021年3月期第1四半期短信における公表値。株価は2020/9/29終値。
*注3(ソフトバンク)予想EPSは2021年3月期第1四半期短信における公表値。株価は2020/9/29終値。
*注4(NTT)予想EPSは2021年3月期第1四半期短信における公表値。株価は2020/9/29終値。

これを見ると、KDDI、ソフトバンク、NTTの9月29日における進行期予想PERは9倍~12倍の水準です。これに対してドコモのTOB価格の進行期予想PERは20倍と、おおむね2倍の水準となっています。

これについては、妥当なPERが同業他社水準とすれば大幅な割高と考えられますし、妥当なPERがTOB価格水準とすれば同業他社が大幅な割安と解釈できることになります。

一般論として、PERは、市場平均に対する成長速度の大小で妥当な水準が決まると考えられます。Ibbotson(イボットソン)などの調査から、日本の株式市場全体の平均的な期待収益率は6%前後というのが通説ですが、これを逆数にすれば(=1/6%)市場平均PERが16.7倍と算出されます。

この時、ベンチャー企業など、例えば市場平均の3倍の成長速度が期待できるような銘柄であれば、50倍程度の高いPERが許容され、逆に市場平均の半分の成長速度しか期待できないのであれば8倍程度の低いPERが求められることになります。

携帯キャリア事業の今後

ここで、携帯キャリア事業について考えてみますと、1990年代の携帯電話が急激な普及過程にあった時代であれば急成長銘柄として高いPERが許容されたと考えられますが、すでに普及率がプラトーに達してから長く、電力、ガス、鉄道のようなインフラビジネスとなった2020年の現在では、携帯キャリア事業の成長率が市場平均に相当劣後すると考えざるを得ないでしょう。

さらに、NTTの筆頭株主である国が菅新首相のもと携帯電話料金の値下げを携帯キャリア事業者に強く要求する政策を掲げていることも考えれば、携帯キャリア事業は市場平均よりも低いPERが求められるビジネスであると考えられます。

であるとすれば、妥当なPER水準と評価できるのは類似会社のPERの水準であり、ドコモのTOB価格のPER水準は短期で利益が他社よりも相当程度急速に成長する期待ができなければ正当化困難な割高な価格と評価せざるを得ないでしょう。

NTTが抱えるのれんリスク

気になるのは、買収によりNTTが抱えることとなるのれんリスクです。

今回のTOB条件を前提に、TOB成立後にNTTが追加で抱えることになるのれんの金額を試算すると以下の通り2.4兆円となります。 

図表4 のれんの概算

のれんの概算

次に、この買収による増益効果と、のれんのNTTに対するインパクトを試算すると、以下の通り、直近年度予想ベースで23.8%の増益効果が生じる半面、純資産の26.2%ののれんを抱えることとなります。

図表5 NTTのドコモ買収インパクト

*注1:NTTドコモ既保有66%相当の利益を含む
*注2:追加取得分34%相当の利益
*注3:図表4試算の通り

買収後、ドコモの業績が買収時に前提とした事業計画に実績が届かないことになった場合、のれんの減損が必要になりますので、TOBによりNTTは純資産の26%相当の減損リスクを追加で抱えることとなります。

以上からすると、TOB価格は、近時の平均には届かないものの、対象銘柄のファンダメンタルズな実力からは大幅に割高な価格と言えるでしょう。であれば、ドコモの一般株主にとっては幸運なTOBと評価できると思います。

文:巽 震二(証券アナリスト/フリーランス・マーケットアナリスト)

※本記事に記載されている個別の銘柄・企業名については、あくまでも執筆者個人の意見として申し述べたものであり、その銘柄又は企業の株式等の売買を推奨するものではありません。