義は、古くさい考えでしょうか。古くさい義の捉え方では、いまを生きる私たちにはピンと来ないのも仕方がないことです。
それでいて、義は仁の中に含まれていると考えられているので、仁=ビジョン・ミッションとすれば、義もまた、ビジョン・ミッションの違う側面なのです。
どんなに優れたビジョン・ミッションだと自分で思っていても、現実としては抗いようのないことも存在していますし、人としてこの世で許されている行動の範囲もあるので、それを超えることは許されません。あえて超えていこうとすれば、対立が起こります。それを乗り越えて、仁を実現していかなければなりません。
たとえば、古い仁義の世界にある人たちがいたとして、どれほど過去の意味での仁義を重んじても、現在の法律では反社会集団であることそのものが違法です。社会から否定されるわけで、反社会の人たちと仕事をすることもダメなのです。
「彼らは犯罪者かもしれないが、いい人なんです。仁義があるんです」と主張したところで、ビジネスはできません。
仁はその人が行くべき道を示しています。義は社会(この世界)が進むべき道を示しています。これが合致していることが望ましいのです。
現実には、必ずしもみなさんの仁が、義とうまく折り合えているとは限らないでしょう。仁は義とともにあってはじめて役立つので、自分のミッションやビジョンを、社会に受け入れられるようにする努力が求められます。
この点で、いわゆるコンプライアンスは狭い意味では、現代の義です。でも、義はもう少し広い。人それぞれの立場で義があるとすれば、関係している人たちの義のあり方をよく知って、できるだけそこにふさわしいように調整していくことも求められるのです。
31歳で働きながら公認会計士を目指した筆者の独断と偏見による試験合格に役立つ勉強法を連載形式でお届け。今回は基礎科目の「財務会計論(会計学)」の勉強法をアドバイスする。