ヨネックスの歴史は、戦後まもない1946年に米山稔氏が新潟県三島郡塚山村(現・長岡市)で創業した「米山木工所」にさかのぼる。1950年代半ばまでは主に漁業用の木製浮きを製造していたが、漁業の技術革新で木製浮きの需要は激減。1957年に木製品の バドミントンラケットの製造に転換すると、これが当たった。
1958年には丁寧な製品づくりと安い労働力を武器に輸出が急増する。1963年には貿易会社のヨネヤマスポーツ(現・ヨネックス海外営業部)を設立。同時に高度経済成長に伴い国内でもスポーツ用品への需要が高まり、工場の拡張や営業体制の構築にも取り組んだ。
1974年に「ヨネックススポーツ」へ社名変更し、現在の主力製品となるテニスラケット製造に力を入れる。1982年には現在の「ヨネックス」に改称。ゴルフ市場に再参入し、ゴルフクラブやウェアの製造を始める。
バブル経済崩壊後の1995年に スノーボード市場に参入。2011年には Jリーグの柏レイソルとユニフォームサプライヤー契約を結び、初めてチームスポーツとしてサッカー市場の開拓にも乗り出す。2014年にはスポーツサイクル(自転車)市場に参入するなど、総合スポーツ用品メーカーとしての基盤を固めた。特にトライアスリート向けのロードバイクフレームは新潟県長岡市にある自社工場で、すべて一貫製造しており、価格が70万円の高級製品となっている。
ヨネックスの2018年3月期の年間売上高は621億8800万円、当期純利益は18億6300万円。海外大手の米ナイキ(年間売上高4兆192億1600万円、当期純利益2034億5600万円)や独アディダス(同2兆6882億9600万円、同1389億8900万円)はもちろん、国内のスポーツシューズ・ウェア大手のアシックス(同4001億5700万円、同129億7000万円)、自転車部品や釣具を手がけるシマノ(同3358億円、同384億4300万円)と比べても、企業規模は小さい。
主要スポーツ用具メーカーの売上高と当期純利益(単位:100万円)
国籍 | メーカー名 | 決算期 | 売上高 | 当期純利益 |
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日本 | ヨネックス | 2018/03 | 62,188 | 1,863 |
アメリカ合衆国 | Nike Inc | 2018/05 | 4,019,216 | 213,456 |
ドイツ | adidas AG | 2017/12 | 2,688,296 | 138,989 |
フランス | Kering SA | 2017/12 | 1,961,006 | 226,233 |
アメリカ合衆国 | VF Corp | 2017/12 | 1,324,749 | 68,970 |
香港 | Yue Yuen Industrial (Holdings) Ltd | 2017/12 | 1,023,065 | 58,237 |
アメリカ合衆国 | Under Armour Inc | 2017/12 | 558,173 | -5,413 |
ドイツ | Puma SE | 2017/12 | 524,014 | 17,206 |
日本 | アシックス | 2017/12 | 400,157 | 12,970 |
フィンランド | Amer Sports Oyj | 2017/12 | 340,212 | 11,821 |
日本 | シマノ | 2017/12 | 335,800 | 38,443 |
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