M&A法制を考える 公正な買収の在り方に関する指針原案と望ましいM&Aの活性化

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取締役会による「真摯な検討」

対象会社の取締役会は、買収提案があった場合には、何を検討すべきか。

公正買収指針原案では、第1原則の「目的」を達成する「手段」として、二つの原則、すなわち、「会社の経営支配権に関わる事項については、株主の合理的な意思に依拠すべきである」という原則(第2原則)と「株主の判断のために有益な情報が、買収者と対象会社から適切かつ積極的に提供されるべきである。そのために、買収者と対象会社は、買収に関連する法令の遵守等を通じ、買収に関する透明性を確保すべきである。」という原則(第3原則)が明記された(2.1参照)。

第2原則については、日本は米国と異なり、たとえ対抗措置の導入・発動を「取締役会」のみで判断したとしても、事後的に「株主の意思」によって対抗措置が撤回・解除されることが予定されているか否かによって対抗措置発動の是非が決せられているため(「M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(上)」参照)、明記された。

その上で、公正買収指針原案では、「経営陣又は取締役は、経営支配権を取得する旨の買収提案を受領した場合には、速やかに取締役会に付議又は報告することが原則」であり(3.1.1.1参照)、「『真摯な買収提案』に対しては『真摯な検討』をすることが基本」(3.1.1.2参照)と明記された。

「真摯な買収提案」とは、「具体性・目的の正当性・実現可能性のある買収提案」、英語の 「bona fide offer」に相当するという。

そして、「真摯な買収提案」に当たらない要素は以下のように例示された(3.1.1.2参照)。

委員会の委員であるカーライル・ジャパンの大塚副代表兼マネージング・ディレクターは、審議の中で「よく『credible(信用力のある)』な買収提案という言葉を使う」「クライテリアは三つ」「①具体的な条件が記載されていること、②資力があること、③買収者のトラックレコード、つまり案件を最後まで遂行できる力及び企業価値向上策を作れた経験があるということ」「この三つがあれば、取締役会に上げるべきだと思う」という。

公正買収指針原案で注目されるのが、「買収価格」が検討項目とされていることである。

日本の取締役会の対応をみていると、「買収価格」を正面から検討せずに、「買収者の属性」や「買収者の買収方法」などの定性面を問題視するケースが多かった。

しかし、公正買収指針原案では、以下のように「定量的な分析」をすることが明記された(3.1.1.2参照)。

買収時の「株主共同の利益」とは

実務上問題となるのは、買収時の「株主共同の利益」であると思われる。

公正買収指針原案では、平時の「株主共同の利益」と買収時の「株主共同の利益」の関係が明記されている(2.2.2参照)。

まず、平時は、経営者が「事業活動を行うことにより中長期的な企業価値を向上させ、そのことを通じて株主共同の利益を確保する」。

ここでいう「株主共同の利益」は「市場の評価を通じて株式の時価(時価総額)を高めること」である。

経営者は、投資家の期待するリターン(資本コスト)を上回るリターン(資本利益率)を上げることができる投資を継続的に行い、「企業価値」を増大させ、「時価総額」とギャップがある場合には、しかるべきIRや投資家との対話をする必要がある。

しかし、買収時は、買収者が株式の売り手である株主から株式を取得することとなり、売却に応じる株主は「会社の中長期的な企業価値の向上による利益の享受という形ではなく、買収対価を受領することによって直接に利益を享受する関係に立つ」。

ここでいう「株主共同の利益」は「買収価格を高めること」である。

その「買収価格」は、理論的には、「買収を行わなくても実現可能な価値(①)」と「買収を行わなければ実現できない価値(買収によって生じる利益)(②)の公正な分配としての部分(③)」がある。

委員会の委員であるアストナリング・アドバイザーLLCの三瓶裕喜代表は、①は「合理的経営によって本源的価値(企業価値)に近づけること」を意味し、②は「本源的価値(企業価値)を高めること」を意味すると指摘している。

また、カーライル・ジャパンの大塚副代表兼マネージング・ディレクターは、企業価値と時価総額にギャップがある場合には、経営者のオプションは、「自社努力型で、自社株買いのような株主還元や、複合企業であればカーブアウトによって専業に集中していく」ことと「買収提案を受け入れる」ことであるした上で、後者の場合には、買収者は「対象会社に何らかのプラスα(付加価値)をもたらすことで本源的価値(企業価値)を創ってい」き(②)、「プラスαの一部(③)を既存株主に吐き出すことによって既存株主(売却者)の利益の確保を行う」と指摘している。

そこで、取締役会としては、企業価値を把握した上で、時価総額とのギャップがあるか、時価総額とのギャップがある場合には、買収者と自ら、いずれかが時価総額を企業価値に近づけることができるか、いずれが、投資家の期待するリターン(資本コスト)を上回るリターン(資本利益率)を上げることができる投資を継続的に行い、企業価値をさらに高めることができるか、そして、買収者が企業価値を高めることができるのであれば、買収価格には付加価値が加味されているか、等を検討することになると思われる。

もちろん、買収価格は根拠なく高ければいいというわけではない。なぜなら、高い買収価格は、買収後、高い付加価値の創造が求められるため、それが達成できない場合には、買収者のみならず、対象会社の時価総額も長期的には下落する可能性が高いからである。

取締役会が買収を決定している局面

公正買収指針原案では、とりわけ「取締役会が買収[交渉]に応じる方針を決定している局面」においては、「真摯な検討」が強く求められている。

具体的には、以下の場合が例示された(3.1.2.1、3.1.2.2参照)。

この場合、対象会社の取締役会は、「取引条件(価格に加え、買収比率や買収対価も含む。また、取引の蓋然性の高さも重要な考慮要素となる。)の改善により、株主にとってできる限り有利な取引条件で買収が行われることを目指して、真摯に交渉すべき」と明記され、具体例が例示された(3.1.2.3参照)。

もっとも、これを取締役会のみで検討することを求めているのではない。

公正買収指針原案では、「個別の事案における利益相反の程度や情報の非対称性の問題の程度、対象会社の状況や取引構造の状況等に応じて、特別委員会の活用や外部アドバイザーの助言等の公正な手続(公正性担保措置)を講じること」が考えられ、以下のような場合には、特別委員会の設置が有用であると明記された(3.1.3参照)。

これは、取締役会が経営支配権を売却することを決定した後、株主のために合理的に得られる最高の価格を達成することを求める米国デラウェア州法上の「レブロン義務(Revlon duty)」を意識したものと思われる。(「コーポレートガバナンスを考える イーロン・マスクによるTwitter買収提案にみる買収防衛策の役割」参照)

レブロン義務は、株主以外のステークホルダーの利益保護を目的として株主が賛成している買収提案を止めてはいけないという「消極的なレブロン義務」と、取締役の行為規範で、取締役自身が買収価格の高い提案が来たら当該提案を採用しなければいけないという「積極的レブロン義務」があるが、委員会の委員である東京大学社会科学研究所の田中亘教授は、「消極的なレブロン義務は日本でも採用しうると考えており、積極的レブロン義務については議論の余地がある」と指摘している。

また、「形式的にこうした委員会を設置し、その勧告内容に従ったからといって、直ちに取締役会の判断が正当化されるということにはならず、取締役会は、特別委員会の設置の必要性の有無やその構成等について、責任をもって判断すべきであ」ると釘を刺している(注33参照)。

構造的な利益相反問題のあるM&Aでは、たとえ特別委員会を設置したとしても、特別委員会の設置と買収プレミアムとの間の明確な相関が実証された研究は存在しない。(「コーポレートガバナンスを考える MBOや上場子会社の完全子会社化における特別委員会の役割」参照)

特別委員会については、2023年5月19日に開催された東証の「従属上場会社における少数株主保護の在り方等に関する研究会(第2期)」でも、その機能が議論されているが、設置する場合には、その「実質」が求められる。

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。平時の株主価値向上のコンサルティング業務、株主総会におけるアドバイザリー業務、M&Aにおけるアドバイザリー業務、投資業務などに従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)の招聘研究員に嘱任し、企業法とファイナンスに関する研究に従事。著書は、「構造的な利益相反の問題を伴うM&Aとバリュエーション―理論と裁判から考える現預金と不動産の評価―〔上〕〔下〕」旬刊商事法務2308号・2309号(共著、2022年)、「米国の裁判から示唆されるわが国のM&Aプラクティス」MARR330号(2022年)、『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021年・第16回M&Aフォーラム正賞受賞作品)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020年)など多数。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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