M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(下)

alt
写真はイメージです

買収防衛策の発動を株主に問う意味

買収防衛策を巡って活発な議論が行われるのは、日本の買収やその防衛策の法理は欧米とは異なるため、当然であり、今後のM&Aマーケットの発展のためには有益なことであると思われる。

英国や多くのEU諸国(EU買収指令第9条を採用している国)では、支配権の取得は市場内外を問わず、原則としてTOBで行う義務があるため、「取締役会」は、株主による正当な検討と承認がない限り、買収を頓挫させるような行動をとることがほぼ禁じられている。その背景には、会社の支配権を巡る争いは、TOBへの応募を通じて決するという価値判断がある(「アクティビストを考える(下)アクティビスト株主によるCreeping Acquisitionと買収法制」参照)。

一方、米国では、支配権の取得をTOBに限定していないため、会社が買収のターゲットになった場合には、抵抗勢力になるかどうか、つまり、特定の買収を正式に拒否するかどうかを決めるのは、ほぼ「取締役会」が決する。もっとも、その背景には、会社の支配権を巡る争いは、TOBへの応募を通じて決するのではなく、取締役会が一人のオーナー(a single owner)のように行動し、決すべきという価値判断がある。具体的には、Unocal基準は、買収防衛策の広範な使用を認めることで、取締役会に会社を売却したり、売却を拒否したりする一人のオーナーのような権限と、この権限に付随する強硬な交渉力を付与し、Revlon基準は、取締役会が売却を決定する際に「株主のために合理的に得られる最大限の価値を求める」ことを要求し、一人のオーナーが行うようにこの力を利用するインセンティブを与えている。

日本では、市場内買付けをTOBに対象としていないため、「取締役会」に買収防衛策の導入を認めているものの、その発動を「株主」が決しているが、その背景は、裁判所は法律の専門家であるため、企業価値の高低を判断できず、また、取締役も利益相反のおそれがあり、企業価値基準とは異なる判断をするおそれがあるため、相対的に株主が判断した方がより好ましいという価値判断がある(「アクティビストを考える(中)アクティビスト株主による敵対的買収とその防衛策」参照)。

このような価値判断は、新株予約権無償割当ての差止請求権を被保全権利とする仮の地位を定める仮処分の裁判は保全事件であり、審理の時間も証拠等も限られているなかでの判断が求められ、裁判所への負荷もきわめて大きく、当事者の裁判運営の巧拙も影響を及ぼすことを否定できないため、やむを得ない。しかし、買収防衛策の発動を「株主」に問うことは、「企業価値」の毀損を有無の判断とは一致するとは限らない。なぜなら、株主は、「買収価格」が魅力的かどうかで買収に賛成するか、買収に反対して買収防衛策に賛成するかを決定する可能性があり、かつ、買収価格の魅力は「企業価値」の毀損の有無とは必ずしも一致しないからである。

したがって、たとえ買収防衛策の発動を「株主」が決したとしても、その結果だけを踏まえて、買収防衛策を適法と判断するのではなく、個々のケースで「必要性」と「相当性」の要件をクリするか、慎重に検討する必要があるように思われる。

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ 代表
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。平時の株主価値向上のコンサルティング業務、株主総会におけるアドバイザリー業務、M&Aにおけるアドバイザリー業務、投資業務などに従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)の招聘研究員に嘱任し、企業法とファイナンスに関する研究に従事。著書は、「構造的な利益相反の問題を伴うM&Aとバリュエーション―理論と裁判から考える現預金と不動産の評価―〔上〕〔下〕」旬刊商事法務2308号・2309号(共著、2022年)、「米国の裁判から示唆されるわが国のM&Aプラクティス」MARR330号(2022年)、『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021年・第16回M&Aフォーラム正賞受賞作品)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020年)など多数。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


NEXT STORY

M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(中)

M&A法制を考える 買収防衛策の適法性を巡る議論(中)

2022-10-18

米国デラウェア州の判例法は日本の判例法と異なり、買収防衛策の導入・発言を「取締役会」のみで決するが、買収防衛策の適法性はどのように判断しているか。