M&A法制を考える マーケット・チェック

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Reuters

東芝による「買収提案の公募」

M&Aバリュエーションを考える サム・オブ・ザ・パーツ(SOTP)分析」で触れたとおり、東芝が2022年3月24日に開催した臨時株主総会(意思確認)は、投資ファンドの株式非公開化提案も、東芝の会社分割提案も否決した。

その後、複数のメディアは、ベインキャピタルが東芝の買収を検討していると報じた。なぜなら、東芝の筆頭株主であるエフィッシモ・キャピタル・マネジメントが3月31日に関東財務局に提出した変更報告書に「ベインキャピタルが東芝株を公開買い付け(TOB)した場合、保有株をすべて応募する方針である」旨の記述があったからである。ベインキャピタルは、キオクシア(旧東芝メモリ)の株式の過半数を握る特別目的会社を主導する投資ファンドである。東芝は4月7日、社外取締役で構成する特別委員会を新設し、潜在的な投資家やスポンサーとの戦略的選択肢を検討していくと表明した。

しかし、一部の大株主がこれに不満を示し、東芝は4月21日、潜在的な投資家やスポンサーとの戦略的選択肢の提案を「募集」すると発表した。複数のメディアは一斉に「買収提案の公募」と報じた。

マーケット・チェック

もし「募集」が「買収提案」であれば、これはマーケット・チェック(Market check)と呼ばれる。

マーケット・チェックは、「M&Aにおいて他の潜在的な買い手による競合する買収提案が行われる機会を確保すること」をいい、当初の買収提案よりも条件のよい対抗提案を行う対抗提案者の存否の確認を通じて、会社の価値や取引条件の妥当性に関する重要な参考情報が得られることに加えて、当初の買収提案者に対して、対抗提案が出現する可能性を踏まえて、対抗提案において想定される以上の取引条件を提示することを促す方向に働くため、取引条件の形成過程における会社の交渉力が強化され、企業価値を高めつつ一般株主にとってできる限り有利な取引条件でM&Aが行われることに資するという機能を有する(経済産業省「公正なM&Aの在り方に関する指針(2019年6月28日)」35頁)。

その実施方法は、市場における潜在的な買い手の有無を調査・検討する、いわゆる「積極的なマーケット・チェック」や、M&Aに関する事実を公表し、公表後に他の潜在的な買い手が対抗提案を行うことが可能な環境を構築した上でM&Aを実施することによる、いわゆる「間接的なマーケット・チェック」等がある。

そして、「積極的なマーケット・チェック」には、M&Aの公表「前」に入札手続(オークション)や複数の潜在的な候補者への個別の打診を行う方法と、M&Aの公表「後」一定期間、会社が対抗的な買収提案を積極的に勧誘する方法(いわゆる「ゴー・ショップ(go shop)」)がある。

欧州やわが国ではこれまであまり行われていなかったが、米国では通常行われている。

出所:ホワイト&ケース法律事務所「利益相反構造のあるM&A海外法制調査(中間報告)」(2019年1月10日)10頁

米国でマーケット・チェックが行われる理由

なぜ米国では通常、マーケット・チェックが行われているのか。

それは、米国ではM&A後に株主が会社やその取締役にM&A価格や取締役の義務に関する訴訟を提起するケースが多いところ、判例では一定の手続要件を満たせば、株主による攻撃を免れるという法理が確立しており、マーケット・チェックもその手続きの一つと考えられているからである。

例えば、2013年にMBOによる株式の非公開化の検討を行ったDELLは、大株主が最初にアプローチしてきたものの、「積極的なマーケット・チェック」を行い、投資ファンドを選定した結果、株主がMBO後に「アクティビストを考える(上)アクティビスト株主による Bumpitrage と Appraisal Litigation」で触れたM&A価格に関する訴訟(Appraisal Litigation)を提起したものの、デラウェア州の裁判所は、以下の手続要件を満たしていたとして、株主の主張を退けた(Dell v. Magnetar et al., Case No. 565, 2016 (Del. Sup. Ct. Dec. 14, 2017).)。

① 情報が潜在的な入札者に十分に頒布されていること
② 当該情報に基づく売却が行われていること
③ 取引構造自体によって過度な障害が課されることがないこと

①がマーケット・チェックであるが、これら手続要件は「Dell compliant」と呼ばれ、近年の裁判では、MBOのような構造的な利益相反問題(Conflict of interest)を伴うM&A以外のケースでも踏襲されている(See e.g. In re Appraisal of Columbia Pipeline Group, Inc., C.A. No. 12736-VCL (Del. Ch. Aug. 12, 2019).)。

・第三者との独立当事者間取引
・独立し、経験が豊富な取締役による情報豊富な取締役会
・デューデリジェンス中の重要な非公開情報の開示
・最終契約締結前の段階における他の潜在的な入札者との交流
・M&A価格の上昇または取引条件の改善をもたらす交渉
・競合するオファーを不当に制限しない取引保護条項

東芝の「マーケット・チェック」については、CVCキャピタル・パートナーズが買収による非公開化を提案していたことが判明した2021年4月、当時第3位の株主であるファラロン・キャピタル・マネジメントが「積極的なマーケット・チェックを行い・・・株式非公開化の提案を真摯に検討し、中長期的な企業価値の最大化を実現する責務がある」と声明した際に話題となった。

今回の「募集」は、「パートナー候補となりうる潜在的な投資家やスポンサーによる企業価値向上に向けた戦略的選択肢に関する提案」であり、これは「買収提案」に限定されるものではないため、ここでいう「マーケット・チェック」といえるかは定かではない。しかし、東芝が財務アドバイザーと法務アドバイザーを選任し、企業価値を高めつつ、株主にとってできる限り有利な条件を引き出す準備を開始したことは確かである。

<参考文献>

石綿学(2021)「M&Aのプロセスとバリュエーション」鈴木一功=田中亘編著『バリュエーションの理論と実務』(日本経済新聞出版)26-64頁

吉村一男(2021)「米国・デラウェア州の会社裁判におけるバリュエーションの争点」鈴木一功=田中亘編著『バリュエーションの理論と実務』(日本経済新聞出版)158-208頁

文:吉村一男

吉村一男 (よしむら・かずお)

フィデューシャリーアドバイザーズ CEO
上場事業会社、大手証券会社の投資銀行部門を経て、現職。ファイナンシャル・アドバイザリー業務に従事。早稲田大学ビジネス・ファイナンス研究センター(WBF)招聘研究員。専門は、企業価値評価論、企業買収制度論。主な著書は『バリエーションの理論と実務』(共著、日本経済新聞出版、2021 年)、『論究会社法‐会社判例の理論と実務』(共著、有斐閣、2020 年)、『民事特別法の諸問題 第 6 巻』(共著、第一法規、2020 年)など。

フィデューシャリーアドバイザーズ HP(https://fiduciary-adv.com/


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