ベンチャー企業の「エグジット(出口)」戦略として、従来のIPO(新規株式公開)に代わり、M&Aを活用するケースが増える中、投資契約の重要性が改めてクローズアップされている。投資契約でエグジットに関する事項は、ベンチャーキャピタル(VC)などの投資家、発行会社・創業株主の間で争点になりやすいが、M&Aの場合、その傾向がより顕著とされるためだ。

投資契約をめぐる最新事情や留意点などを、企業法務に詳しい菅沼匠弁護士・公認会計士(リンクパートナーズ法律事務所パートナー)に聞いた。

M&A前提に「財産分配契約」締結が増える

―ベンチャー投資の際に交わされる契約にはどのような種類があるのですか。

最近は複数の契約で構成されるのが一般的。投資契約、株主間契約、財産分配契約(買収分配合意)の3種類に分けることができる。

投資契約は投資家が株式を取得するまでの条件を中心に定めたもので、引受契約とか取得契約とも言われる。これに対し、投資後の権利義務などを取り決めたのが株主間契約。株主間契約にはM&Aが生じた際に投資家のエグジット(投資資金の回収)を円滑にするための事項が多く含まれる。

さらに一歩進んで近年、締結する事例が増えているのが3つめの財産分配契約だ。株主間契約で定められる内容から、「みなし清算条項」と「同時売却請求権」に代表されるM&Aによるエグジット部分を中心に抜き出した契約を指す。

―ここへきて投資契約の重要性が高まっている背景とは。

かつてはベンチャー企業経営者の多くがIPOを目標としてきた。一方の投資家においても、投資資金の回収の方法としてIPOが最も有力だった。ところが、次第にIPO以外にM&Aによるエグジットが意識されるようになった。従来は普通株式での投資が一般的だったが、権利内容が異なる種類株式優先株式など)を利用した投資が急速に膨らんでいるのも、その表れといえる。

また、VCのような機関投資家に加え、エンジェル(個人投資家)、事業会社本体あるいは事業会社傘下のコーポレートベンチャーキャピタル(CVC)が存在感を増しており、投資家層や投資目的の多様化も見逃せない。

こうした中、投資家と発行会社・創業株主の間だけでなく、投資家間の利害関係を調整する必要性が一段と高まっている。とりわけM&Aを前提とした投資では、売却代金の分配方法などに配慮した内容の契約が極めて重要となる。

経産省が投資契約の“標準”を示す

―つまりM&Aを前提にした投資契約が求められているということですが、現場の実態はどうなのでしょうか。

旧来型の投資契約だけで、財産分配契約のことがあまり念頭にない場合が往々にしてある。また、財産分配契約があっても、株主間契約との整合性が十分でなかったりする。その結果、本来意図した内容とかけ離れた契約が生まれる弊害も散見される。

日本でVCが活動を始めてすでに40年以上。この間、各VCはベンチャー投資にかかわる各種契約についてノウハウや知見を蓄積し、改善を重ねてきたが、契約内容などはVCによってかなりの差異があるとされてきた。

契約書のひな形はインターネットの検索でも入手できる。ただ、あらゆる場合にあてはまるわけではないので、カスタマイズ(仕様変更)が不可欠。投資ラウンド(資金調達の段階)や投資家の属性、調達規模などで変数が異なるためだが、こうした認識がないままに不十分な内容で作られた契約書もある。VCの力量の違いが図らずも表れるところといえる。

―経産省が昨年4月に発表した報告書「我が国における健全なベンチャー投資に係る契約の主たる留意事項」で、ご自身、そのとりまとめに関与されています。

報告書の冒頭で指摘しているように、成長性の高いベンチャー企業であっても、適切な投資契約を設計して資金調達を行わなければ、事業の発展や将来の資金調達の支障となってしまう。逆にいえば、適切な投資契約を締結することが健全な投資の促進とベンチャー企業の成長につながる。その意味で、投資契約のあり方について、一つの標準を提示できたことの意義は大きいと思う。

経産省はベンチャー振興の観点から、VCが集まる日本ベンチャーキャピタル協会(東京)は業界共通の課題として、同じような問題意識を持っていた。

様々な議論を経て、報告書では主に「投資契約」「株主間契約」「財産分配契約」の3種類の契約で構成することをベンチャー投資契約の標準として提示した。それぞれに、契約交渉の主要な項目を列挙したタイムシート例もまとめられており、契約当事者にとって有用ではないだろうか。

―普及・定着の状況はいかがですか。

こちらは日本VC協会の活動によるところが大きい。セミナーを活発に開いているし、協会への新規加盟も随分増えていると聞く。投資の際に中心的役割を果たすリードと呼ばれるVCの多くが加盟しており、主要なメンバーの目線が合ってきているように思う。