M&A取引で買収価格に合意して最終契約を締結すれば、あとはクロージング(取引実行)を待つだけとなる。しかし、契約書にサイン後、経営に重大な影響を与える事象が起き、契約時点での対象会社の「価値」をクロージングの時点まで維持できない可能性もある。不祥事や大口取引先の倒産は企業価値を毀損し、東日本大震災級の天災がいつ訪れるとも限らない。

そうした中で、近年、役割が増しているのがMAC(material adverse change=重大な悪影響)条項。契約時からクロージングまでに発生する様々なリスクを売手・買手で配分する取り決めを指す。M&A取引における“有事”にどう備えるか。「令和」を迎え、巨大地震への脅威もぬぐえない。MAC条項を中心にリスク対応のあり方について、松本真輔弁護士(中村・角田・松本法律事務所パートナー)に聞いた。

一般的なMAC条項は「天災」を除外

ー日本中が震撼したのが「3.11」でした。大災害がひとたび起きれば、M&A取引にも様々な影響が考えられます。

東日本大震災の時、自分がかかわる案件でも中断や延期がいくつかあった。そのうちの一つは余震も気がかりで、半年ほど様子を見たうえで交渉が再開され、最終的にM&Aは成就した。

このケースは、契約交渉に入る前の基本合意の検討段階で延期になった。その後の交渉では、MAC条項のところで震災を意識した議論があった。ただ、最終的には契約締結時、明示的に震災について触れた条項とはならず、微妙な表現の文言が盛り込まれた。

ーMAC条項では通常、天災などの突発的な事象は除かれると聞きますが、実際はどうなのですか。

MAC条項は定義があるかどうかで変わってくる。詳細な定義規定を設ける案件ではむしろ、天災によって重大な悪影響が生じたケースは除かれることも多い。このため、対象会社の企業価値が震災で毀損したとしても、そのままクロージングに向かわなければならず、買手は損害を被る可能性がある。

したがって、天災が起きた場合、クロージングしないで契約を再交渉するというのであれば、定義規定に注意を要する。一般的なMAC条項の定義規定では天災が除かれていることも多いので、その定義規定から除外事由を削除しておく必要がある。

国内の案件では詳細なMAC条項の定義がされていないケースが多い。そういった場合、対象会社の財務状況やキャッシュフロー、収益見込みなどに重大な悪影響が発生していないこと、としか書かれていない。もちろん、地震で工場が全部壊れてしまった場合であれば、財務状態などに重大な悪影響があるので、明らかにMACに該当する。しかし、地震が起きたものの被害状況がはっきりしない場合、MACにあたるかどうかが議論になる。

このように定義なしの条項の場合、震災がMACにあたるという議論はできると思う。しかし、大きな案件や洗練された案件でのMAC条項は定義規定で市場全体に影響を与える経済変動や天災、戦争、テロといったものは除外されていることも多い。