これまで、M&Aアドバイザーとして20カ国、50を超える海外企業の買収に携わってきた松本茂京都大学大学院特命教授。現在、MBAプログラムでM&A業務で重要となる「Business Analysis and Valuation」の講義を担当し、文部科学省より科学研究費助成を得て「海外M&Aの成否に関する定量的、定性的研究」を行っている。その松本氏に、海外M&Aアドバイザーの仕事と研究について聞いた。 

海外での買収は簡単には成立しない

―これまで諸外国で展開する海外M&Aに関わってこられたとうかがっています。具体的には。

私は外資の金融機関の投資銀行部門にいて、日本の企業が海外企業を買収する際のアドバイザーを15年務めました。日本企業のマネジメントと一緒に現地に行って、交渉のお手伝いをしたことで、米国や欧州、アジアの主要な国の企業経営者にも接して、経験を積みました。

―どんな交渉をするのですか。

海外企業の経営者や株主と、買収価額や株式の持分比率、それに買収後の経営体制など多岐にわたる条件を交渉します。

―そのような仕事の難しさというと、どんなことがありますか。

難しいことばかりですが、事業の価値評価の擦り合わせですね。売却する側は自社の事業や成長性を高く評価し、買収を検討する側は買収後のことを考えリスクを織り込む。これは国内のM&Aでも本質的には変わりません。交渉ですから着地点を見いだしていかないといけないのですが、特に海外での買収では、戦略性の高い案件でも条件以前に経営に対する考え方やケミストリーが合わず合意に至らないこともあります。

―最終的にご破算になってしまうこともありますか。

経験から言うと、本格的な交渉が始まっても最終的に成立せずに終わることのほうが多いと思います。成立した案件は企業が公表しますがご破算になった案件は公表されません。特に海外での買収は簡単には成立しません。

―日本企業同士の場合は、相手企業について理解し、精査しやすい面があると思いますが、海外企業が相手だとどうでしょうか。買収する場合も、いきなり「買いたい」と相談に行くような状態なのか、それとも精査を重ねて交渉を進めるのですか。

海外での買収では、すでに提携や合弁などを通じて、事前に何らかの取引関係のある相手から、日本企業にアプローチがあるケースが多い印象です。

それに加えて、証券会社や銀行などの金融機関からのソーシング(買収機会の紹介)があります。アドバイザーが、クライアントに買収や売却の提案を行い、ロングリストから対象を絞って、交渉を始めるケースです。

―そうした案件への関心という意味でのニーズは高まってきましたか。

企業経営者のM&Aに対する関心は10年、15年前と比べてずいぶん高くなってきましたね。企業側から金融機関に「良い買収案件があったら提案してほしい」という要望も多くなりました。自社内にM&Aの専門部署を置いて、外部から経験者を採用する企業も増えました。

―素朴な質問ですが、交渉しやすい国・民族、しにくい国・民族といったものはあるのでしょうか。

M&Aが経営の選択肢として定着し、法制度も整備されている米国や欧州の企業とは買収価額の評価についてもある程度、予測の範囲で交渉を行うことができます。そういう素地がない国だと、交渉の前提条件で考え方の擦り合わせを要する難しさはありますね。実際に調べても、日本企業による過去20年間の100億円を超える大型海外買収の約8割が、欧米企業を対象としていました。