「企業の多角化」という専門分野から捉えると、無借金経営、キャッシュリッチな企業は、いまこそ『ポートフォリオ・リストラクチャリング』のチャンスでもある」と語るのは、慶応義塾大学商学部の牛島辰男教授である。前回に続き、昨今のM&Aの動向についてお話を伺った。(前回の記事はこちら

M&Aは段階的に進めることが大切である

―日本企業は経営戦略のM&Aとして、十分な機能を果たしているといえるでしょうか。

牛島教授:まず、M&Aというのは、経営戦略そのものというより、戦略を実現するための一つの手段です。それを踏まえておきたいですね。

戦略というのは、基本的には自社の活動の場をどのように定め、そこでどういう強みをつくっていくかということ。そして、その活動の場や強みに欠けているピースがあり、自社だけではそこに到達できないときに、適切な外部資源があればそれを取得する手段の一つがM&Aです。また、それをより早く獲得できようにしていく手段がM&Aということです。

たとえば、IN-OUT型のM&Aが実施される背景には、必ず経営戦略として海外市場をより重視するという方向性があります。その意味でいうと、昨今の情勢のなかで、IN-OUT型の海外企業をターゲットとするM&Aが増えていくのは自然の流れで、合理的な方向性ではあります。

ただ、そこで一つ気をつけないといけないのは、目標に到達していく手段であり、そのプロセスは、いきなりジャンプして飛ぶより、通常は段階的にステップを踏んで接近していくものだということです。国際化におけるM&Aの教訓を考えたときに、わかりやすい例として、日本郵政<6178>のトールホールディングスの買収があります。あのM&Aはなぜ巨額の減損を出してしまったのか、学習すべき面は多いと思いますね。巨大企業とはいえ、ほとんど国際経験のない会社が、国際的なマネジメントノウハウがないなかで、いきなり大きな買い物をしてしまったのですから。

―買収が無謀だった、失敗だったと結論づけるだけではダメだと?

牛島教授:ええ。結果論ですが、M&Aが戦略のなかでどう位置づけられ活かされていくのか、あるいは活かすためのケイパビリティというか自社の能力をどう作っていくのか、そもそもあの時点で買収して、自社のオペレーションは可能だったのか、事業のなかにインテグレートできる準備はできていたのか、などについてはしっかりと反芻して学ぶべきだと思います。それらが、やや甘いまま行動してしまったような印象はありますね。

また、企業がキャッシュリッチな状況にあると、何かを推進すべきというプレッシャーが社内や株主の間に強く出てくるでしょう。そのなかで手段であるはずのM&Aが自己目的化したりすると、それは危険な落とし穴になるということもあるかもしれませんね。

―日本最大ともいえる巨大企業でも、そういう甘さがあるということは、どんな企業も、見通しの甘さをもっているといえるのでしょうか?

牛島教授:それは、企業あるいは産業によって、だいぶ違いがあるのでは?と思います。海外M&Aの場合、M&Aの経験はもちろん、海外事業の経験があるかないか、つまりひとくちに大企業といっても産業によって内需依存度のビジネスモデルなのか、外需依存度が高いのかによりずいぶん違います。

M&Aそのものの経験はなくても、海外での経験を積んできているなど、海外で事業会社を経営した経験がある人材がいる企業とそうではない企業では大きな差があります。事業規模は大きいけれど非常に内需志向型で、そうした海外での経験が会社・組織としても人材面でも乏しい企業はあるわけですね。

日本郵政は内需志向型の典型的企業で、このような企業が突然大きなM&Aを実施する際、注意が必要でしょう。自社の子会社となる(ターゲットになる)拠点は、それ以前にその国の組織としての長い歴史があり、独自の文化や風土ができているわけです。そこに落下傘のようにマネージャーを投下して、それを自社の一部としてマネジメントするというのは、本来グリーンフィールドでやるよりは非常にハードルの高い参入方法だったはずです。M&Aをする以前に、国際化というものに対する自社の準備、あるいは過去の経験値が非常に重要なパラメーターになります。

慶応義塾大学商学部 教授 牛島辰男氏

M&Aというのは、会社のてっぺんを押さえるということ

―そういうなかで企業が海外M&Aをより進めていくうえで大切なことは、何でしょうか。

牛島教授:まず重要なことは、海外事業というものを経験している人材の厚みをつくるということです。自社のグリーンフィールドでの投資でも、小規模のM&Aで、比較的マネジメントのしやすいアジア周辺とか近隣区域から経験を積み重ねていくなど方法はいろいろありますが、とにかく海外での事業の経験値を高めていくことです。

特に海外での事業展開というと、その事業は必ずローカルな法人格をもった事業法人として組織化されますので、海外法人をマネジメントした経験がある層を厚くしていくことが大切だと思います。総合商社は最近、投資会社としてエクイティ(株主資本)をもって海外事業に取り組んでいますが、それも自社の社員・マネジャーたちに、現地子会社のトップやマネージャーとしての経験を積ませ、かなり意識的にトレーニングしています。このような対応は、何も総合商社だけでなくて、製造業であれサービス業であれ、重要だと思いますね。

M&Aというのは、会社のてっぺんを押さえるということです。株主として取締役会を押さえ、会社のトップ層を押さえ、そこからボトムダウンでマネジメントするということになります。海外で俯瞰的な視点をもって組織全体を統合する能力がないと、どんなM&Aの形態であってもむずかしいわけです。そこを実行できる人材を社内で蓄積するということが大切です。

―海外M&Aでは、実態として労務の問題が根深くあります。結局、社員が馴染めないとか……、どう対応するかという問題も大きいと思いますが

牛島教授:それは非常にむずかしい問題ですね。何も日本企業だけに限った話ではなく、結局は異文化マネジメントの問題になってきます。ですから簡単なショートステップの解決策というのはなくて、自社がどういう問題意識で、この企業、この組織、この事業を傘下に収めたのかについて対話をしていくことしかないと思いますね。

M&Aというのは新しく買った企業が、以前のオーナーに比べて何らかの付加できる価値をもっているからこそ買収するわけです。その筋論を踏まえて、買収した企業は何を提供できるのか、というところから始まって対話するということでしょうね。

そこがよく見えないままだと、結局、ガバナンスの問題になってしまいます。たとえば相手の自立性を比較的維持したまま「任せる」とよくいいますが、どういう基準で意思決定していくのか、明確な認識のすり合わせができていないと任された方も困ります。場合によっては暴走してしまうこともあります。企業規模の大小にかかわらず、自社の買収意図を丁寧に説明することしかないのかもしれません。

―いまのお話は、海外企業による海外企業のM&Aについても同様ですか?

牛島教授:それは、どこでも同じです。経営学とかM&Aの研究で見ても、PMI(M&A成立後の統合プロセス)や、統合後のハードルというのは、国内のM&Aに比べて高いです。

同じ国の企業同士であっても、組織が違えば文化風土が違い、それをどうすり合わせていくか。すり合わせるというのは必ずしも一本化するということではないけれど、その折り合いをつけていくにはむずかしさがあります。

さらに国境をまたぐとなると、アメリカ企業とカナダ企業のような比較的類似した文化圏の統合であってもむずかしいわけですから、ボーダー効果というか、国境を越えるということは、その時点で確実にハードルが一段上がります。

―そのような状況のなかで、M&A巧者といえる企業や経営者はありますか?

牛島教授:空調大手のダイキン工業<6367>はM&Aの意図や手法の筋が通っている状況が見てとれて興味深いですね。成功するかどうかは何ともいえませんが、非常に筋の通った「こういう会社をこういう理由で買収します」というメッセージも納得感のある会社ですね。

―ダイキンのCMをみると、打ち出し方や手法も比較的明快です。

牛島教授:そうですね。PMI、買った後の活かし方も含め、多様な対応をしています。一般的に自社が何か価値を相手に付加するときに、すべて自社色に塗り替える方法もあれば、むしろ自社が脇や裏に引っ込んでいる手法もあります。場合によっては、買収先から学ぶスタイルもあるでしょう。そういうことも含めて、M&Aをどう位置づけていくのか。戦略のなかでのM&Aの位置づけ、M&Aのストーリーとそれに適合したインテグレーション、組織のすり合わせのプロセスが大事であると思います。

―今後、日本企業はM&Aはどういうかたちで進めるべきか、についてご意見があれば教えていただけますか?

牛島教授:たとえば、日本郵政のようなことはやめるべきだという考え方もあるでしょう。一方で、ああいう失敗はこれからも何度も続くと思っていたほうがいいというのも一つの意見だと思います。

日本郵政のトールホールディングスの案件は一つの教訓として重要で、前のめりで何でも勢いでやっていけばいいという話ではないのは当たり前ですが、だから全部(海外買収を)止めるべきいう話にもならない。M&Aは、自社の経営戦略を実現させる一つの手段であることを再確認すべきということです。

だからこそ、大前提としては「自社がまっとうな戦略をもっていることが大事である」ということです。そのなかにうまくはまるピースがあればリスクをとってM&Aを行うべきだし、はまらないものを勢いだけでやる必要はないということです。それは自社の戦略との兼ね合いのなかでの是々非々の問題です。

――どうもありがとうございました。

取材・文:M&A Online編集部