1. はじめに

6月28日、経済産業省は、「グループ・ガバナンス・システムに関する実務指針」(以下「グループガイドライン」という。なお、以下に示すページ数及び項目はいずれも同ガイドラインのものを指す。)を策定し、公表した。

これは、コーポレートガバナンス改革の一環として、これまで「空白地帯」(5頁)として十分な議論が行われていなかった状態にあったグループガバナンスの問題について、コーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)を補完するものとして、多様なグループ経営の在り方を示し、ベストプラクティスをまとめたものである(1.2)。

グループガイドラインはグループガバナンスの問題に初めて本格的に切り込んだ貴重な取り組みであり、他社取組事例の紹介や企業アンケート結果も豊富であるし、同日6月28日に同じく経済産業省により公表された「公正なM&Aの在り方指針」と同様、極めて価値の高いものといえる。

M&Aとの関わりでは、第3章「事業ポートフォリオマネジメントの在り方」及び第5章「子会社経営陣の指名・報酬の在り方」が特に重要である。本稿では、これらの該当箇所について印象的な箇所を紹介した上で、若干のコメントを試みる。

2.  事業ポートフォリオマネジメントの在り方

(1) 日本企業の課題

CGコード及び「投資家と企業の対話ガイドライン」では資本コストを意識して、事業ポートフォリオの見直しについて「果断な経営判断」を行い、その方針を明確に定めるべきことが定められている。一方で、日本企業の実態として、「資本コストに見合わない低収益事業を抱え続けているために、コア事業に十分なリソースを集中できていないのではないか」、「事業撤退・売却等を行う上での課題として、その基準や社内プロセスが不明確」といった課題が指摘されている(3.1)。

カーブアウトM&A(事業売却)の難しさについては本連載でも触れたことがあるが(→過去記事はこちら)、そもそもカーブアウトM&Aの実施に至る手前の段階である既存事業撤退に関する決断を含め、事業ポートフォリオマネジメントは極めて難しいにもかかわらず、これまでガバナンス上の課題として大きく取り上げられてこなかったものである。

グループガイドラインでは、その決断の難しさが、企業アンケート結果とともに真正面から触れていること自体にも大きな意義があるのではないだろうか。企業アンケート結果では、上記の課題で指摘されたもののほか、「従業員や労働組合との調整が困難」、「社長・CEOが撤退・売却の決断に踏み切れない」、「対象部門やその部門出身者が反対するため実現しない」といった課題も掲げられていることも印象的であり、そこに決断に至る難しさが伺える。

(2) 「ベストオーナー」の考え方

事業ポートフォリオマネジメントでは、コア事業とノンコア事業の見極めが重要であるところ、グループガイドラインでは、「自社グループにとって、持続的成長を支える競争優位性があり、それを最も活かせる事業(自社が「ベストオーナー」になれる事業)」をコア事業とし、「必ずしも事業そのものの収益力や成長性が低いというわけではないが、自社グループにとって競争優位性を有する分野でない等の理由で、自社グループ内にあっては十分なリソースが投入されにくいために、相対的に成長可能性が低くなっている、あるいは資本コストを相応に上回る収益力が見込まれない事業分野であり、当該事業にとって最適な成長戦略として、独立あるいは当該事業(分野)をコア事業とする「ベストオーナー」への売却等が有効と考えられるもの」(下線は筆者による。)をノンコア事業として整理している(3.2)。

この「ベストオーナー」かどうかというコア・ノンコア事業の判断基準は、企業にとって厳しいものと言えるだろう。

自社事業における競争優位性の見極め自体がそもそも難しいところであろうし、もしかするとわが社こそがこの事業の「ベストオーナー」であると自信を持って言える事業がない企業もあるかもしれない。たとえ「ベストオーナー」になれないノンコア事業が存在したとしても、そこそこ収益を上げているなどの事業があれば、そこから撤退することは極めて難しい判断と言えるからである。

(3) 撤退基準とプロセスの明確化

グループガイドラインでは、不採算部門からの撤退やノンコア事業の切出しの基準を明確化するべきことが提案されている(3.3)。その中で、欧米企業において、EBITDA や ROCE(Return on Capital Employed)などの財務的指標に基づく定量的基準を採用している取組例が紹介されている。

一定の財務的基準をクリアできなければ直ちに撤退という機械的な適用までは行わず、一定の定性基準や猶予期間などの他の枠組みも設けるとしても、企業としては、撤退基準が曖昧な内容とならないように心がけるべきであろう。また、基準の設定及び適用の有無についても、独立社外取締役を含む取締役会で議論するべきであろう。