M&Aの契約交渉で期待される弁護士の役割

今回は、M&A契約交渉において依頼者から法務アドバイザーとして期待される弁護士の役割についてあらためて整理してみたい。なお、これはM&A契約交渉に限らず、契約交渉全般に当てはまることでもあるが、M&A取引の多くは企業において極めて重要な意思決定であることから、本稿での議論が顕著に現れやすいところではないかと思われる。

"タフネゴシエーター"としての役割

まず期待される役割として思いつくのは、タフネゴシエーターとして、相手方に自社の利益を強く要求することである。当事者同士では言いにくいことも、比較的強い調子で主張してもらうことで、自社の利益を守ることが期待される。依頼者としては弁護士に言わせることによって、相手方に対して「当社側の弁護士がうるさく言うので仕方なく主張している」という、相手の意に添えない「言い訳」を創出することもできる。

ただ、タフネゴシエーターとしての役割は、依頼者がこれを期待しているのであれば良いのかもしれないが、弁護士がかたくなな態度を取ったり、法務の観点でのこだわりが必要以上に強かったりすると、依頼者がなぜ自社の法務アドバイザーがそのような対応をしているのか理解できずに置いていかれてしまい、契約交渉が弁護士同士の「空中戦」をやっているかのように受け止められることがある。

ともすれば法務の論点は、その意図がわからないと、言葉遊びしているのではないかと思われやすい面もあるため、自社の立場を強く要求する必要性について、依頼者から十分な説明を得ておくことが肝要であろう。

”譲歩を促す”役割

交渉において法務アドバイザーに譲歩することなく、自社の主張を実現できるように、相手方と強く交渉する場面だけでなく、(もしかすると意外に思われるかもしれないが、)自社が相手方当事者の要求を受け入れ、譲歩する意思決定の場面でも大きな役割があると言える。

契約交渉は当事者間のバーゲニングパワーに極めて強い影響を受けてその帰すうが決まってくるのであり、一方の当事者にとってほぼ100点満点の最終合意は基本的にありえない。最終合意の内容は、事案によって程度の差こそあれ、両当事者にとって妥協の産物ということができる。

それにもかかわらず、経営企画部門などの依頼者担当者は自社組織内部における立場に基づいて行動せざるを得ない。担当者の使命として最終合意をして当該M&A取引を成功に導かなければならない一方で、譲歩を自らの口から言い出すこともまた、自社の利益を背負っている立場上難しいという悩ましいジレンマを抱えていることがある。

譲歩できない理由が、極めて大きなリスクであるなど、譲歩できないことに合理性があるものが殆どだが、中には単に「当社としてはそのリスクを取ることは受け入れられない」の一点張りで、その論点をこだわることによる最終合意成立への影響について自社内で誰も検討していないのではないかという疑いすら抱く場面もある。

そのような中で、法務アドバイザーが、M&A契約交渉のマーケットスタンダード(→「マーケットスタンダード」の記事はこちら)を踏まえて、
「当方の要求を先方に受け入れさせることは難しいのではないか」
「本件ではこのリスクをとることも合理的ではないか」
「このような局面ではこの論点を譲歩することはなんら珍しいことではない」
「このような譲歩案が考えられるがどうか」
などといった譲歩に関する提案をすると、依頼者担当者としては、譲歩することの正当な理由が得られ、安心されることも少なくない。

もちろん、譲歩に応じるかどうかを最終的に決断するのは法務アドバイザーではなくあくまでも当事者である依頼者企業であるが、それでも、法務アドバイザーが問題点を整理して、譲歩できるかどうか検討するための参考情報の提供とあわせて譲歩を提案することによって依頼者企業の意思決定を促進することができる。

法務アドバイザーが常にこのような柔軟な譲歩提案を提供することなくタフネゴシエーターとしての振る舞い一点張りだと、かえって案件を実現させたい依頼者を困惑させ、迷惑をかけてしまう。最悪の場合、相手方当事者の心証を害して、ディールブレイクに至りかねない。

弁護士の中には、契約交渉上の譲歩はあくまでも依頼者の事業判断である以上、法務アドバイザーの役割としては譲歩した場合のリスクを提示、説明すれば必要十分であり、それを超えて譲歩を促すようなふるまいはするべきではない、という考えも根強い。しかし、法務アドバイザーである弁護士としては、ある論点を譲歩した場合の影響や取引全体の状況を勘案して、どの論点について粘り強く交渉し、どの論点について譲歩するのか、慎重に検討する必要がある。事案によってその判断は極めて難しい問題となるが、法務アドバイザーとしての力の見せ所と言えよう。

文:柴田 堅太郎(弁護士)