経済産業省は、5月15日、「公正なM&Aの在り方に関する指針-企業価値の向上と株主利益の確保に向けて-(案)」(以下「本指針案」という。)に係るパブリックコメントの受付を開始した。

リンク:https://www.meti.go.jp/press/2019/05/20190515002/20190515002.html

これは、経済産業省により設置された「公正なM&Aの在り方に関する研究会」による検討を経て、2007年9月4日に策定された「企業価値の向上及び公正な手続確保のための経営者による企業買収(MBO)に関する指針」(MBO指針)を全面的に改定したものである。本指針では、MBOと同じく利益相反構造のある「支配株主による従属会社の買収」(典型的には上場親会社による上場子会社の完全子会社化。以下便宜上「完全子会社化取引」という。)についても検討の対象となった。

今回は、本指針案の中でも特に印象的であった箇所を紹介の上、コメントしてみたい。

1.実務の蓄積と取引の多様性について記述

本指針案では、MBOと完全子会社化取引について、現在採用されている実務が確認されている。M&Aに知見を有する「公正なM&Aの在り方に関する研究会」メンバーにより、これまで実務上指摘されてきたことをあらためて整理して言語化しており、参考となる。特に、これら両取引類型においても個々の事案は多様であり、個別性が高いこと、事案に応じた公正性担保措置をとるべきことが強調され(本指針案3.3)、様々なケースについて分析的に解説、整理している点は特筆に値する。

例えば、対象会社規模が買収会社に比して小さい場合、企業の再生局面の場合、MBOにおいて対象会社に大株主が存在する場合の問題点などが言及されている。このような個別の事情に応じた記述は、本指針案に数多く存在する脚注において詳細に触れられているため、大部にはなるが、M&A関係者は脚注も含めて全部読んだ方が良いであろう。およそM&A取引が個別性が高いことは当然といえば当然のことではあるものの、実務の蓄積を反映してここまで詳細に論じた文献がなかったので、関係者の重要な行動指針となるだろう。

2.MBO・完全子会社化取引の有用性についても配慮

本指針案では、利益相反構造にあるMBOと完全子会社化取引の弊害ばかりを指摘するのではなく、これらの取引の有用性も指摘し(本指針案2.1.1)、「企業価値の向上に資する望ましい M&A に対して阻害効果を及ぼし、または当事会社が過度に委縮することは、一般株主にとってもまた望ましいことではない。M&A の関係者には、企業価値の向上に資する M&A が一般株主の利益に配慮しつつ積極的に行われる健全な資本市場の発展に向けて、リスク回避に傾くことなく、費用対効果の視点も含めてバランスのとれた対応をとることが求められる。」と指摘している。

MBOと完全子会社化取引はその利益相反構造から、役員や特別委員会委員をはじめとする関係者にとっても、後に責任を追求されるリスクの高い取引と言えるから、過度に保守的な対応が見られることも少なくない。

例えば保守的な特別委員会委員が案件に難色を示しており、このままでは答申書が出ないという状況の中で、同委員をどう説得するかが案件成否の重要課題となることもしばしばである。本指針案が上記記述のような示唆をしたことによって、公正性担保措置は当該案件の有用性や費用対効果とのバランスの中で行われるべきことを主張しやすくなったのではないかと思われる。

3.特別委員会の社外有識者委員の取扱い

MBOや完全子会社化取引における特別委員会では、社外役員に加えて、弁護士、公認会計士などのM&Aに専門的知見を有する社外有識者が委員に就任することが多い。

これについて、本指針案では、「社外有識者は、株主総会において株主の付託を受けて選任されているわけではなく、社外役員に比べて会社や株主に対する責任関係も不明確であり、株主による直接の責任追及も困難であるものの、M&A に関する専門性を補うために、社外取締役および社外監査役に加えて、社外有識者を委員として選任することは否定されない」として、社外有識者委員についてあまり積極的な評価がなされていない(本指針案3.2.4.2B))。これは、本指針案が、「特別委員会は、委員として最も適任である社外取締役のみで構成し、M&A に関する専門性は、アドバイザー等から専門的助言を得ること等によって補うという形態が最も望ましい」という立場をとっているためであろう。

他方で、社外有識者委員は、少なくとも現在の実務では重要な役割を担っており、ときには特別委員会におけるM&A取引に関する検討を積極的にリードすることも珍しくない。社外取締役のみで構成される特別委員会と、特別委員会独自のアドバイザー登用は、将来的なベストプラクティスの方向性としては理解できるが、社外取締役の員数がまだ少なく、かつ、特別委員会が独自にアドバイザーを登用することが稀であるという実情の中では、M&Aに知見を有する社外有識者委員はなお有用であり、「選任することは否定されない」という文言は若干違和感のあるところである。