「中小企業買収の法務ー事業承継型M&A/ベンチャー企業M&A」の著者である柴田堅太郎弁護士が、M&Aの現場で感じたことを綴るコラムです。

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不動産M&Aとは

不動産M&Aとは、もっぱら対象会社の所有する不動産の価値に着目して実施されるM&Aをいう。不動産M&Aは、不動産そのものを譲渡の対象とするよりも、当該不動産を所有する対象会社株式ごと売買することにより税務上のメリットが得られることから、実質的な不動産取引の一類型として実務上頻繁に行われている。

不動産M&Aの特殊性

買主にとっての不動産M&Aのポイントとしては、一言で言えば、対象会社株式の取得にあたって、実質的な買収ターゲットとなる対象会社所有の不動産(以下「対象不動産」という。)のみを所有し、それ以外の資産や契約関係を一切存在しない状態の「ピュアな資産管理会社」をいかに作り上げるか、ということであろう。一般的なM&Aとの比較において、不動産M&Aの具体的な留意点としては、以下があげられる。

留意点1.対象不動産自体の検討

言うまでもないことであるが、不動産M&Aがもっぱら対象不動産の価値に着目して行われるものである以上、不動産登記の確認はもちろん、担保権その他の負担の有無、瑕疵の有無、境界確定の有無、近隣紛争の有無等、対象不動産に関する法務デュー・ディリジェンス(以下「法務DD」という。)は、一般的なM&Aよりも重点的に実施する必要がある。

留意点2.対象不動産以外の資産の処分及び取引関係の解消

不動産M&Aの対象会社は様々な類型の会社がありうるが、個人資産家一族が株式を所有し、対象不動産を含む、個人資産家一族が実質的に保有する財産を管理することを目的とし、独自の事業を行っていない資産管理会社(以下、単に「資産管理会社」という。)であることが多い。

このような資産管理会社では、過去の様々な経緯の中で蓄積された、絵画、投資有価証券のような対象不動産以外の資産も存在する。これらの資産は買主にとって不要なものである一方、株主である資産家一族の実質的な所有物と言えることから、クロージング前に株主である資産家一族に買い取ってもらう必要がある。

また、資産管理会社では、以下のような第三者との取引関係も見られるところである。

①資産家一族が対象会社から金銭を借り入れている。
②資産家一族が対象不動産を利用している。
③保険代理店等のサイドビジネスを行っている。

これらの取引は、いずれも、買主にとって存続が必要のないものであるから、クロージング前に解消を求める必要がある。

なお、上記①及び②の取引のような株主と対象会社との取引は、所有と経営の分離が徹底されていない非上場の中小オーナー企業一般にも少なからず見られるものではある。もっとも、資産管理会社では、基本的に事業遂行を目的とせず、資産家一族の財産管理のためだけに存在する会社であることから、事業を行っている会社以上に対象会社と資産家一族との関係が渾然一体としているために、これらのような取引がより多く存在することも珍しくない。

留意点3.対象会社の事業に着目した取引でないことによる特殊性

①事業関連・・・対象会社が事業を行っている場合

不動産M&Aにおける対象会社が事業を行っている場合、買主は当該事業に着目して取引を行うわけではないため、クロージング以降の対象会社でその事業が存続していることは、通常は望まない。そこで、基本的には当該事業は、クロージングまでに、対象会社株主が保有する別の会社を受け皿会社として、会社分割事業譲渡等により承継させるか、又は特に存続させる必要がない事業であればこれを廃業させる必要がある。

②労務関連・・・対象会社に従業員が存在する場合

不動産M&Aにおける対象会社に従業員が存在する場合、対象不動産のみに着目している買主にとって、当該従業員は引き継ぐ筋合いのないものであるから、クロージングまでに対象会社株主が直接当該従業員を雇うか、又はその所有する別の会社に転籍してもらうことになる。ただし、従業員を転籍させたとしても、クロージングまでに発生している時間外割増賃金の未払い等の労務コンプライアンス問題は対象会社がクロージング後も引き継ぐこととなるため、法務DDでの労務コンプライアンス調査は通常のM&Aと同様に必要となる。

なお、対象会社が資産管理会社である場合、従業員が存在したとしても、その主な役割は株主である資産家一族の資産の管理、雑務等のサポートであって、通常は極めて少人数であることに加え、過剰な残業をすることは基本的に想定されていないために、労務コンプライアンスの問題が発見されたとしても取引実行に関して大きなインパクトを持つケースは少ないように思われる。