【日本ペイントHD】大阪、東京2本社制でM&Aを加速

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写真はイメージです

2006年からグローバル化に着手 

日本ペイントHDは2019年の大型M&Aにとどまらず、以前からM&Aには前向きに取り組んできた。同社がホームページで公表している沿革では主なM&Aは14件ある。

1974年に朝日ソルベント工業(現エーエスペイント)をグループ会社化したのを皮切りに、2004年に三井金属塗料化学(現日本ペイント防食コーティングス)を、2006年には日本ビー・ケミカルを子会社化した。 

グローバル化が始まるのはこの後で、2006年に米国のROHM AND HAAS AUTOMOTIVE COATINGSを子会社化し、2007年、2008年に立て続けに海外4社を子会社化した。 

その後しばらくはM&Aから遠ざかっていたが、2014年に持ち株会社体制に移行した後、再始動した。2014年の香港のWUTHELAM HOLDINGS LTD.との間の合弁会社8社と、それらの子会社38社を子会社化した。 

さらに2016年にドイツのBOLLIG & KEMPER GMBH & CO. KGを、2017年に中国のHUIZHOU CRFと米国のDUNN‐EDWARDS CORPORATIONをそれぞれ買収した。

日本の西洋式塗料の歴史は日本ペイントの前身である光明社の設立に始まるという。同社は1881年(明治14年)に東京・三田に共同組合光明社を設立し、亜鉛華の製造から固練りペイントの試作へと進み、海軍塗工長中川平吉氏の尽力を得て日本で初めての塗料会社としての基礎を作った。 

1927年には日本ペイントに社名を変更し、1931年に本社を大阪に移した。2020年4月の東京本社の設置は、これから数えて90年ほどの時を経たことになる。近年は長年培った塗料技術を応用し、ファインケミカル、エレクトロニクスなど新規分野へも積極的に参入し、多角化を進めている。

日本ペイントのM&Aをはじめてとする数々の歴史は正に日本の塗料産業の歴史ともいえる。 

日本ペイントHDの沿革と主なM&A
1881 東京・三田に共同組合光明社を設立
1898 日本ペイント製造を設立
1920 経営の中心を大阪に移す
1927 日本ペイントに社名を変更
1931 本社を大阪に移転
1974 朝日ソルベント工業(現エーエスペイント)をグループ会社化
2004 三井金属塗料化学(現日本ペイント防食コーティングス)をグループ会社化
2006 日本ビー・ケミカルを子会社化
2006 米国ROHM AND HAAS AUTOMOTIVE COATINGSを子会社化
2007 NIPPON PAINT (THAILAND)CO., LTD.を子会社化
2008 台湾、中国ASIA INDUSTRIES, LTD.を子会社化
2008 韓国NIPSEA CHEMICAL CO., LTD.を子会社化
2008 NIPPON PAINT PHILIPPINES, INC.を子会社化
2014 持株会社体制へ移行
2014 日本ペイントホールディングスに社名変更し、事業会社として日本ペイントを新設分割
2014 香港のWUTHELAM HOLDINGS LTD.との間の合弁会社8社と、それらの子会社38社を子会社化
2016 ドイツBOLLIG & KEMPER GMBH & CO. KGを完全子会社化
2017 中国HUIZHOU CRFを子会社化
2017 米国DUNN‐EDWARDS CORPORATIONを完全子会社化
2019 トルコのベテックボイヤを子会社化
2019 オーストラリアのデュラックスグループを完全子会社化
2020 東京本社を設置し、大阪、東京2本社制に移行

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