基本合意書締結前からリスクへの手当てが必要

ー大地震などとの関係でいえば、リスクへの備えは契約締結からクロージングまでの間にとどまらず、基本合意書の締結の際など交渉の上流工程でも必要となりそうですね。

M&A取引のプロセスに沿うと、まず基本合意書の締結前に大地震が発生した場合。締結交渉を破棄したいという場面があり得る。相手方に契約締結が確実だとの期待を与えたにもかかわらず、直前にとりやめるケースでは、契約準備段階の過失の理論により不法行為責任を負うことがあり得る。

こうした不法行為責任を負わないための手当てとして、秘密保持契約の中に交渉をいつでも打ち切れますよ、最終契約を締結する義務はありませんよ、ということを明示しておくことがある。

ー次に基本合意書の締結後、最終契約締結前の場面だとどうでしょうか。

同じように基本合意書に最終契約締結義務を負わないことを明記することが考えられる。2004年のことだが、こんな事例があった。

住友信託銀行がUFJホールディングス傘下のUFJ信託銀行を買収することで基本合意書を締結した。ところが、2カ月ほどしてUFJ側は売却を一方的に撤回し、三菱東京フィナンシャルグループとの経営統合を発表した。住友信託は差し止めを請求したが、訴えは認められなかった。その理由の一つは基本合意書に最終契約の締結義務が書かれていなかったことがある。

ー最終契約締結後はいよいよMAC条項の出番となります。

大地震の発生に備え、クロージングの前提条件としてMAC条項を規定することが考えられる。ただ、すでに述べたように、MAC条項の定義を置く場合には天災などが除外されることがあるので注意が必要だ。

MAC条項とは別に、不可抗力条項で手当てすることも考えられる。極限的な事例だが、買手が代金を支払おうとした時、大地震が起きて決済システムが止まり、送金ができず、結果、代金支払い義務に違反する場面が理論的に考えられる。そういった時に実行義務を免責されるような規定を入れておく。震災などを意識するのであれば、あえて不可抗力条項を加えてもおかしくはない。

もう一ついえば、価格調整条項。クロージングまでに大地震が発生した場合、企業価値の変動を事後的に反映して買収価格を調整したいニーズが生じる。価格調整条項を入れておくと、ある程度カバーできる。

MAC条項の採用は半々

ー国内のM&A案件でMAC条項はどの程度採用されているのですか。

半々ぐらいだと思う。買手はMAC条項が入っていて損することはない。ただ、絶対に入れてくれというのは少なく、弁護士から提案することが多い。他方、取引実行が不確実になるとして売手が拒否して入らないことが結構ある。MAC条項が入る場合も、定義規定まで置いている例はさらに少ない。

売手の表明保証違反を防ぐには

ー一方、売手側には大地震で表明保証違反が起きるリスクもありますね。

日本では、契約締結日時とクロージング時でまったく同じ表明保証をすることが圧倒的に多い。これに対し、米国の案件では表明保証での除外事由をクロージングまでに随時差し替えられるようになっていることが多い。   

動産や不動産の建物については、通常の損耗以外に重大な瑕疵がないといった表明保証をすることが多いが、表明保証の除外事由を差し替えられるようになっていれば、例えば、大地震で機械や建物が壊れたりした場合に、除外事由を追加して提出することによってクロージング時点での表明保証違反を回避できる。日本ではまだ一般的でないが、売手の表明保証違反を防ぐという点で意味があると思う。