この連載も今回で最終回となりました。そこで、渋沢栄一が『経営論語』(現代語訳)で引用している次の言葉からスタートしましょう。

夫仁者己欲立而立人、己欲達而達人

夫れ仁者は己(おの)れ立たんと欲して人を立て、己れ達せんと欲して人を達す。 

巻第三 雍也第六30

社会や時代の要請と向き合う

この言葉は、次のように解釈できます。

仁の人は、自分がやりたいと思えばまず人がやれるようにし、自分が達成しようと思えばまず人に達成させてやるのだ。

他人のことを自分のこととして考えることができる人物が仁の人だということでしょう。渋沢は、自分のことだけよりも社会を考えることが優れた人の特徴としていたのです。

「仁/義」のイメージも、渋沢栄一の時代と比べれば、大きく変わりました。たとえば「自分の信念で生き、信念に殉じる」といった生き方は、いまの時代にはフィットしないでしょう。もちろん信念はあっていいものです。あるべきでしょう。だからといって、一つの信念には一つの行動様式しかない、と決めつけてはいけないのが、これからの時代の考えではないでしょうか。

社会や時代の要請を無視することはできないはずです。江戸時代や明治、昭和の太平洋戦争までの社会では、信念はそのまま特定の言動によって表現されるもので、たとえば主君のためには切腹して殉じる、といったことが当然のように信じられていたわけです。それが「仁/義」に基づく行動だとみなされました。武士は武士らしく、軍人は軍人らしく、商人は商人らしくといった、それぞれの時代の要請です。

ところが、時代の変化を学問として学び、取り入れていく中で、「仁/義」で賛同した者たちによる集団であっても、集団内の言動までもが強制的に統一される必要はないことを私たちは学んだのです。