日産自動車<7201>と仏ルノーのアライアンスをめぐる「綱引き」が、新たな段階に入った。カルロス・ゴーン日産前会長がルノーCEOを辞任、ルノーの新体制が動き出した。エマニュエル・マクロン仏大統領と丁々発止で渡り合ってきたゴーン氏が去ったことで、ルノー内でのフランス政府の発言力は飛躍的に強まっている。

ゴーン氏に代わってルノーの指揮を執るジャンドミニク・スナール会長(左)とティエリー・ボロレCEO(同社ホームページより)

日産を疲弊させた「権力闘争」の歴史

一方、日産はゴーン派外国人幹部の「追放」に留まり、ポスト・ゴーンの新体制は見えない。さらに新たなリスクも孕(はら)む。それは日産社内での「権力闘争」による内紛だ。なぜ、日産で内紛が懸念されるのか?そこには二つの理由がある。

第一に、日産は「天皇」と呼ばれる絶対権力者が君臨し、彼らが去ると業績が低迷する歴史を繰り返してきたことだ。元社長の川又克二氏と石原俊元氏、自動車労連・日産労連元会長の塩路一郎氏、そして前会長のカルロス・ゴーン氏の4人だ。

川又氏は塩路氏に第二組合を結成させ、労働争議を繰り広げる第一組合の切り崩しに成功。その功績で日産社長に就任する。当然ながら川又社長と労組トップの塩路氏との関係は緊密で、労使一体化で日産は安泰と思われた。

しかし、塩路氏は従業員の人事に強い影響力を持ち、ついには役員人事にまで介入することに。1977年に社長就任した石原氏は労組による経営介入の排除に乗り出す。2人の闘争は日産の海外工場新設の是非をめぐって繰り広げられ、会長として院政を敷く川又氏が塩路氏の支援に回ったことで泥沼化する。

1984年に写真週刊誌で塩路氏の会社役員も顔負けの奢侈(しゃし)な生活ぶりが発覚。組合員からの支持を失った塩路氏は失脚し、石原氏のワンマン経営が始まる。問題となった記事は、石原氏の命を受けた日産側がリークしたものだといわれている。なにやら内部通報によるゴーン前会長の逮捕劇を思わせるエピソードだ。